倉元製作所

3〜5分

倉元製作所の2025年決算は、売り上げ20億円、損失30億円となり、渡邊社長は平野取締役に降格、星彰治氏がCEOに昇格した。星彰治氏は那須マテリアルなどの企業のCEOだ。

倉元製作所は1975年鈴木忠勝によって創業された。液晶の切面が主な仕事だった。旭硝子の下請けのような感じだったが、液晶が大きくなると同時に事業も大きくなった。1995年に日本証券業協会に上場、株価は5500円を付けた。1997年に山一証券が倒産、上場幹事だった山一證券から人を入れてから、無理な多角化が始まった。新規事業は次々と失敗。それでも液晶の繁栄が続き事業は拡大していった。2003年に鈴木忠勝が脳溢血で倒れ、社長が息子である鈴木聰が社長に就任した。大問題だったのはドイツショット社と組んで韓国に会社を作ったことだった。旭硝子とやってきたのだが、ショットと組んだ。旭硝子はすでに韓国に工場を持っていて、競合関係となったわけだ。これが大失敗で倉元は急激に利益を減らしていく。追い打ちはシャープの液晶事業の衰退だ。これでどうしようもなく、2019年に事業再生を申請、ニューセンチュリー有限責任事業組合に売却された。このニューセンチュリー有限責任事業組合は中国系ファンドであった。これから倉元製作所は昏迷を深めていく。

一時期350億円もあった売り上げが今では20億円になった。まさにこれは日本液晶の衰退と重なるのだが、M&Aによる失敗とも言えなくはない。M&A自体は悪いことだとは言えないが、人材を送り込み、マネジメントをしないと失敗する。結局、人材がいなかったのだ。

今回も、渡邊元社長も社内人材がいないために無理な提携をし、足元をすくわれた。どうしようもないことだったかもしれない。

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