中国では合成シリカの開発がバブっている。有機シランから製造している会社が多いが、残存カーボンに苦労している。水ガラス法をやっている会社は20社余りあるという。みんなコピーだ。大学教授がコンサルをしている会社も多いとか。
別に私は気にしていない。水ガラス法は私が25年前に開発したものだ。この方法自体それほど難しいものではない。三菱化学の合成シリカ粉を実際に使用したのは私だ。合成石英ルツボは私が35年前に信越化学で作ったものだ。その当時、私は自分で合成シリカ粉をTMOSから作り、信越石英でルツボにして、信越半導体で引上げを実施した。ライフタイムが向上するだろうと思ったのだが、汚染が石英ルツボより装置からあるということで、期待した半分しか効果がなかった。時代が早すぎたと思った。ただ1本引き上げて、それをメルトバックして引き上げることを繰り返した。5本あがった。今では普通のリチャージだが、35年前にできることが分かった。私が楠和クオルツに移ってから三菱の合成シリカ粉を使い、まったく気泡が膨張しない合成ルツボを作った。それが、8インチウェハー時代に爆発的に普及したのだ。1995年にその存在が発見されたCOP欠陥だ。このCOP欠陥を減らすためには、高温、長時間使用できる合成ルツボが使用された。この事件は日本の引上げ技術を劇的に変えた。合成石英ルツボは時代の寵児となったが、私が初めての発明者ということを知っているはずなのに、全てのルツボ会社はコピーしたのである。
さて、合成シリカ粉自体は原料であり、インゴットや管などにしなければ意味はない。私が、合成シリカ粉を溶融してなる融合石英ガラスを提唱しているのはそういう意味である。ずいぶん前から石英全体を知る技術者がいなくなった。かなり専門化しているのだ。原料から、溶融、加工までを知らなければ開発はできない。私はシリコンの引き上げもやった。また評価技術も新たに開発しなければならない。私が死んだら世界中でそのような技術者は現れるのだろうか?
私のライフワークは、天然石英粉を合成シリカ粉に代えて肺疾病をなくすことだ。フッ酸を大量に使用しない、環境にやさしい時代を作ることだ。この目標のため、私は私のスキルを使っていく。気づいてみると、歳をとって嫌っていた社会貢献などをしている自分がいる。これが私にとっての最高の恩返しだ。よく世間では年老いて脱税や犯罪で今まで築いてきたものを失う人が多いが、私欲を捨てることができないのだろう。この仮想世界で人は煩悩に苦しむ。その煩悩から逃れるすべは、良き目標のために邁進することだ。若い時は修行だ。歳をとってからそれを活かしていくことだ。