人生における優しさとは

4〜5分

 70歳まで生きてくるといろんなことがある。昨日のブログで「優しい」ということを書いたが、私は優しいわけではない。私の両親は山形県に住んでいた。兄も40km位離れたところに住んでいた。兄は精神病で病んでいた。両親は苦労しただろう。ただ私は何も関与していなかった。両親が私が建てた家に一緒に住むことになった。その時、父は「もう長男のことはあきらめた」といった。これでは兄は野垂れ死ぬしかなかったろう。その時、私は決断した。兄を私のそばに連れてきて面倒を見ると。私が40歳を過ぎたころだったろう。金曜日の夜、お客さんと飲んだ後、会社からハイエースを借りて朝早く出かけた。兄の家に行き、掃除を始めた。ほとんどの物を捨てた。私は体力に自信があった。一日ですべての掃除をし、残りをハイエースに積み込んだ。もう家は長年住んだせいで建て直すしかないような状況だった。兄は布団に寝たが、私は畳に寝た。体中がかゆかった。次の日に埼玉まで戻った。すぐにアパートを決め、荷物を運びこんだ。通う病院はすでに紹介状をもらっていた。障害者年金の申請をしたりした。あれから20年以上たつが、年金で暮らせるように、部屋代は私が負担している。

 これは優しさから出た行為ではない。私は後悔したくないのだ。こういう風にしなければ、一生後悔しただろう。私の生き方は後悔しない人生だ。そのためには人間関係を断ち切ることも必要である。ただ人間関係はそんな単純ではないので、みんなが幸せになれるようにしなければならない。それが責任というものだ。私は人から変人といわれるが、それはしがらみというものがないからだろう。多くの人はいろんなことに縛られて、悩んでいる。人は他人のために生きているのではない。自分のために生きなければならない。そのための解決法を放棄していないだろうか?常に最善手を打てる人は天才しかいない。しかし敗着手を指さないことが重要だ。自分の能力を見極め、敗着手を避けていく。私の人生はただそういうものなのだ。

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