テフロン

4〜7分

魔法の物質の発見から50周年にあたる1988年、生みの親であるデュポンの科学者、ロイ・プランケット博士は静岡にある清水工場を訪れた。 78歳にして初めて日付変更線を超えたという。

入社2年目、27才だったプランケット博士は、新しい冷媒を見つける任務を与えられていた。小さなスチール管に、TFEと呼ばれるガスを入れたが、何も起きなかった。試験管を逆さまにして振ると、白い粉が雪のように落ちてきた。実験が失敗したことがわかり、やり直さなければ、と考えたという。 念のため試験管を切断すると、内側にはなめらかで滑りやすい物質がついていた。実験室のノートにこう記した。 <高分子化合物と思われる白い個体が得られた> 調べてみると、水によって腐ったり、膨らんだり、溶けたりしない。日光で分解されない。カビや真菌も発生しない。他のプラスチックが解ける温度でも持ちこたえる。 <プランケットは失敗したはずの化学実験で、偶然にもテフロンを発明したのだった>

プランケット博士が見つけたテフロンが安定的に製造できるようになったのは戦後のことだ。大規模生産を可能にしたのが、当時まだ知られていなかったPFOAだった。 その後、その用途は焦げつきにくいフライパンの加工をはじめ、「台所から宇宙まで」と言われるほどに広がった。同時に、深刻な汚染を撒き散らすことになる。 プランケット博士が清水工場を訪れた1988年時点で、デュポン社はすでに、社内の研究所の動物実験から、PFOAが深刻な健康被害を引き起こすことがわかっていた。その危険性が公にされるのは2000年以降になってからだった。

デュポン社はこれを隠蔽したが、映画『ダークウォーターズ―巨大企業が恐れた男』にもあるとおり、健康被害によりテフロンは2025年までに製造を中止することになった。テフロンは画期的な製品であったことは認めるが、それが人に害を及ぼすならばすぐにやめるべきだった。しかしデュポン社は自社の利益のために作り続けた。

技術者には問題がないが、それを利用して利益を上げる金の猛者の経営者に問題がある。原爆もそうだ。それを落とせと命令した政治家、軍に問題がある。でも技術者ならば毒性を持たない物質を開発し置き換えるべきだった。

私の最後の仕事は、珪肺を起こさない合成シリカを天然石英の代わりにすることだ。今まで天然石英の精製などを指導してきたが、それは大罪だった。余生を合成シリカの事業にささげようと誓った。それは技術者の良心によるものだ。常に技術者は良心を持たなければならない。

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