平均年齢が83歳だから、まだそれには15年もあるなどと人には言い、私は100歳まで生きるから30年もあると言う。でも眠りにつく時、明日は起きないかもしれないと思ったりする。二度死にそうになったことがある。血栓が血管を塞ぎ倒れたのだが、頭の中では焦ることもなく、穏やかだった。幸いなことで数分後には楽になり、酒を飲みに行った。
小学生のころ、死が怖かった。恐怖に夜も眠れないことがあった。大学生になって哲学にのめりこんだ。プラトンはこの世界を仮想世界で、死は本質の世界に帰ることだというが、そんなことは信じられず、この世界に生きる術を身に着けた。しかし、歳をとってみて、それが真実のように思えてきた。いつ死んでもいいように、人生を生きることに価値がある。それは今いる場所、関係する人、持っている金や物に執着しないことだと思う。
この社会は、教育によって幼い子供から翼を折っている。組織、親、教師は社会のルールを道徳のように教える。法律やルールは人の心の中から生まれたものではない。
「知」への探求心は善だ。でもこの世界でそういう人は少数派だ。しかし、それを利用しようとする権力志向の人がこの世界を地獄にしている。欲を捨てれない人がいかに多いことか。死ぬときは一人、何も持ってはいけない。もし持っていけるものがあるとしたら、その人の人生で得たものだけだろう。おそらく、死んだ後の世界には法律もルールもないだろう。もちろんお金なんてものはあるはずがない。
人はいつ死ぬかはわからないが、病気になればいつ死ぬかわかることもある。死期がわかった後の人生は変わるんだろうなと思うが、それでは遅すぎる。いつ死んでもいいように今を生きるしかないのだ。