クリスマスイブである。私は山形県小国町の出身である。家の近くに基督教独立学園高校がある。キリスト教無教会主義の創設者である内村鑑三の地方伝道の意思を受け継ぎ、後に初代校長となった鈴木弼美が、1934年に創設した私塾が母体であり、戦後新制の高等学校となった。学校としての信仰的立場はどのキリスト教の会派にも属さない無教会主義である。
鈴木弼美氏は東京帝大理学部物理学科卒である。在学中に内村鑑三のキリスト教伝道会に入り、内村鑑三の僻地でのキリスト教伝道に共鳴して、東大助手の職を辞して小国にやってきたということである。桝本うめこ先生という人がいて書道の達人と言われていたが、彼女は書道を習っていなかったと言っていたのを聞いてびっくりしたことがある。私のその人の娘である桝本華子先生のことを覚えている。その人の息子が私の3歳上と1歳上であった。兄のほうは優等生と記憶しているが、弟はガキ大将だった。親にいつも反発をしていた。今は何をしているのだろうか?桝本華子先生は音楽の先生で、私はよく賛美歌を歌ったものだった。私はここの学校の生徒ではないが、幼稚園と小学校低学年の時にはよくここに行っていた。聖書も読み聞かせられた。その中で「パリサイ人」というのを今でも覚えている。ルカの福音書一八章九~一四節だ。パリサイ人と取税人が宮で祈る様子が描かれている。パリサイ人の祈りは、「神よ。私はほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦淫する者でないこと、あるいは、この取税人のようでないことを感謝します」だった。一方で取税人は、自分の胸を打ちたたきながら言うのです、「神様、こんな罪人の私をあわれんでください」と。このたとえ話は、キリストが、「自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たち」に対して語ったものだ。自分が老人になるまでは自分はパリサイ人ではないだろうかと自問自答していた。今はそんなことはなくなった。長生きはいいものだ。