私の人生は孤独と共存している。会社員時代からそうだった。常に新規開発をしてきた。新規の開発というのは、会社にとっての傍流である。最初は注目もされない。でも私にとってはそれが気持ちいい。種を蒔き、芽を出させ、成長させる。実が出てきたら、そこまで。刈り取るのは別な人でいい。資本主義では利益を出した人が高評価を得る。しかし、私にとっては、実をつけたとたんいろんな人がかかわってくる。それが嫌なのだ。それが私にとって多くのストレスを感じる。私は新製品のアイデアを考え、基礎試験を繰り返し、少量生産をして、顧客の評価を受ける。評価が良ければ、量産の計画を立て、立ち上げる。そこまでだ。それから先は誰がやっても同じだ。
そういうことを経験すると、世界で初めてということに対しセロトニンが大量に出る。もう麻薬のようなもので、こういうことを繰り返さずにはいられなくなる。これは誰がやってもできることとは格段に異なる快感なのだ。だから実を収穫することを放棄しても続ける理由なのだ。
開発には生みの苦しみが伴うが、その苦しみが大きければ大きいほど、できた時の感激が大きくなる。その積み重ねがプライドを形成し、変人の評判を作る。それはストレスにならない。私にとっては群れの中にいることのほうがストレスなのだ。