ユダヤ人は紀元前13世紀、エジプトに暮らしていた。ここでエジプトから迫害を受けていた。予言者モーゼは彼らをエジプトからシナイ山付近に移動させた。その後、紀元前11世紀頃には、サウル王のもとで建国を成し遂げ、後継者ダビデ王およびソロモン王の治世で、最盛期をむかえる。しかし、紀元前8世紀にはアッシリアとバビロニアに征服された。その時、虐殺が行われた。その後、ペルシャが支配し、紀元前538年にエルサレムにユダヤ人の国ができた。
イエス・キリストが生まれ、ユダヤ人はイエスを拷問して殺した。イエスの死後、キリスト教はヨーロッパで爆発的に広がり、十字軍を組織してエルサレムを占領した。その時、イスラム人とともにユダヤ人も虐殺したのである。また、1881年には、東ヨーロッパで「ポグロム」とよばれる大規模なユダヤ人迫害が起こっている。そして、ナチスによるユダヤ人迫害。歴史上最も有名なユダヤ人迫害である。この時、ユダヤ人の迫害は1933年頃からはじまった。最終的に600万人のユダヤ人が殺された。
1916年、イギリスのエジプト高等弁務官マクマホンとアラブの指導者フサインとの間に書簡がかわされた。この協定は、アラブがオスマン帝国に反乱をおこす見返りに、第一次世界大戦後、イギリスがアラブ国家の独立を約束するというものだった。
イギリスは、アラブに対しこのような甘い約束をする一方で、1917年、ユダヤ人にも同じような約束をした。バルフォア宣言である。パレスチナにユダヤ人国家の建設を容認するというものだった。イギリスは、このユダヤ人国家をとおして、パレスチナに支配力を保持するつもりだった。
しかし、こういうイギリスの優柔不断な対応が、イスラエル―パレスチナとの抗争を産んだ。イスラエルは敗戦国ドイツから多額の補償を受け軍事力を強化した。それに対し、パレスチナはろくな武器も持たずテロくらいしかできなかった。
アルメガドンという言葉がある。旧約聖書に出てくる最後の戦いのことである。この地はメキドの丘だと書いてある。メキドの丘はイスラエル北部のエズレル高原だと言われる。ユダヤ教によれば、その戦いでメシアが現れユダヤ人が勝利するとある。戦線は北のほうに拡大するのだろうか?