医師で作家の鎌田みのる

6〜9分

「絶えず「どうしたら自分は自由になれるのか」を考え、その目標を実現するための意思を持ち続けること、それが「自分の芯」を確立することにつながります。
「生きづらさ」を感じる人へのアドバイスとしては、仕事やコミュニティのなかの人間関係がその原因だったとしたら、思い切って転職したり、コミュニティから脱却すること。
意に染まない仕事や活動のために時間を費やすと、どんどん精神が消耗していきます。無理をして我慢し続けず、環境を変えるほうが生きづらさを解消できそうです。
でも現実には、嫌だと思う仕事や会社を辞められない人が大多数です。会社を辞めてしまったら生活に困るし、次に安定した仕事が見つかるかわからない……不安です。
でも、本当にそうなのでしょうか?
「生活できない」という意識のなかには、「現在の生活水準を落とすのは嫌だ」という気持ちが、「次に安定した仕事が見つかるかわからない」という不安のなかには、「いまと同等の条件以下の仕事はイヤだ」とか「正社員でないと恰好がつかない」というプライドの問題が潜んでいるようです。
プライドさえ捨てられれば、嫌な仕事を辞めてしまえるはずです。でもプライドを捨てるのはとても難しい。とくに男性は「世間体」を気にして、肩書や所属する組織などで人間を判断する傾向が強いもの。社会的な挫折に弱いのです。
それだからこそ「普通にならなくていいじゃない」と、僕は自分にアドバイスします。
他人と比べて「人並み」を追求すると、過去を悔やむことが多くなるのです。それはつまり、現在を生ききれていないということであり、それを引きずると未来への希望を見出せなくなるのです。
大事なのは「心のものさしを変える」こと。自分のなかにある「普通」という価値観を変えていくことです」
中国人も同じだ。常に他の人と比べて自分の位置を確認している。こんな人生は嫌だなと思う。いつも愚痴を言っている。「自分の物差しを持つ」などという言葉は40年以上前からある。しかしこの言葉は不明瞭で意味が分からないのだ。この世に生まれたときは全くの白紙で、家族や学校で常識という拘束具のようなものに縛られていく。すなわちこの社会の価値観を教えられる。これが社会の物差しなら、自分の物差しを持つことは社会に違和感を覚えることになる。そしてそれを口に出せば、社会に対する反逆と受け止められかねない。それを良しとすれば孤独になり、耐えられないものはうつ病になる。
私も若いころはそういう苦しみをひっそりと味わってきた。内面と表面づらを変えて生きてきた。昔とある企業に勤めていた時、会社の人と飲みに行って長渕剛の「とんぼ」を歌った時、その人は「その歌はあなたには似合わない」と言った。50歳で中国に来た。日本にいたときはある種の違和感を感じていたが、それが無くなった。歳のせいか環境のせいか。この中国という孤独の中が自分は合っていると思う。60歳を過ぎたころ、自分の人生が好きになった。内面と外面が一緒になったからだ。それまでの人生は焦ったようにがむしゃらだった。常に走り続けていなければ、社会と自分との違和感に押しつぶされそうになったからだ。
孔子の論語に「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」とある。自分の思うように考え、行動しても人の道を踏み外すことがない。歳をとるということはまさに、自分を思いっきり享受してもいいということだ。人生は歳を取ってからが楽しい。

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