茂木 日本の知識人は、外に先端事例があると考えて、それをいかに輸入してくるかという立ち位置か、もしくは外国からの影響は極力排除すべしという人かに分かれてしまって、ちょうどいい立ち位置にいる人が少ないような気がします。東さんも知識人としての立ち位置が難しかったのではないですか。
東 そうですね。僕は最近になって、この国で生きていくのには目立たないことしかないんだとわかってきました。
茂木 どういうこと? (笑)
東 言葉通りです。変わっていて目立っている人を潰すという圧力がとにかくすごい。特に40代くらいまでは風当たりが強い。50代に入ると少し楽になるかもしれない。茂木さんもあったんじゃないですか。
茂木 あったかもしれない!
養老 そういう日本の特性というのは、こんなに狭いところに人が大勢いることが原因だと思います。高密度の人間社会ではルールがすごく強くなります。それは昔から思っていました。
茂木 過密過ぎるのはありますね。東さんは風当たりが強かったと。
東 大学を離れたり、テレビに出なくなったりしたことで楽になりました。
茂木 なるほど。養老先生も定年前に大学を辞められましたが、どういう理由だったのですか。
養老 やりたいことができないからです。当時は、国立大学のルールがものすごくきつくなったときでした。日本の法律っておもしろくて、現状が違法になるように作っている。現状よりも厳しいルールを作ることで、何か引っ掛けようと思えばいつでも引っ掛けられるような状況にすることで権力を維持している。
東 よくわかります。
茂木 たしかにそうですね。でも管理するために現状を違法にしておくって、既に歪んでいる……。イノベーションが起こりにくい風土を、自ら作ってしまっている。
茂木 改めて、東さんが言った「40代までが辛い」というのは本当にそうかもしれません。俺はそのあたりの苦しさはもう抜けた気がする。
東 そこを抜けると嫉妬も受けにくくなる。
茂木 養老先生は嫉妬を受けないですね。
養老 日本社会には「あいつはしょうがねえ」っていう枠がありますからね。
茂木 たしかにそれはある! あずまん、もうちょっとだ! 日本には昔から「あいつはしょうがねえ」で受け流してくれる素地があるんですね。正統枠や、中枢枠とは別に。
東 なるほど、奇人枠に入ると楽に生きられる。
私は日本を出て約20年経った。中国は言葉が通じないので住みやすいと思っている。ただ中国人の他人と自分を比較して自分の位置を確認するという習性は嫌だ。くだらないと思う。自分は自分。他人は他人。自分のいる位置は自分のGPSで確認する。私は奇人・変人の類らしいが、歳をとってからそうは言われなくなった。周りの人があきらめたからだろう。奇人・変人は長生きしなければならない。