朝4時頃から嵐になった。嵐は7時前まで続いた。こんなことは珍しい。
中国でのコロナ第二波は思ったより小さいようだ。日本のマスコミは病院に感染者があふれているという報道をしたが、そういうこともなく、みんな普通の生活をしている。私も5月末に二回目のコロナに罹ったが、普通の風邪より軽くて薬も飲まずに二日ほどで完治した。
三年にわたったコロナウィルスの脅威は日本の政治、医療体制に対する失望以外の何物でもなかった。ワクチンや治療薬ではアメリカやイギリスがいち早く成果を上げたが、日本はというとまったく存在感もなかった。それもそのはずで、コロナ関連の論文数はG7で最下位、トルコと同じレベルであった。マスコミに露出が高かった感染病の著名な先生は、評論家と同じレベルで失望した人も多かったのではないか。私はテレビのワイドショーに出てくるいわゆるコメンテーターが気になった。「批判ありきで褒めないこと」「憶測で話していること」「改善策や代案がないこと」、これがマスコミの実態である。
最も気になったのが、日本はコロナになってから超過死亡とコロナによる死亡の比は6.0だった。これはOECD加盟国で最大で、アメリカ1.4に比べれば雲泥の差だ。これは高齢者が多いことが原因なのだろうが、それにしても多い。すなわち、日本の高齢者は病院の医師に頼りきりで免疫も体力もないということだ。
昔、野口英雄や北里柴三郎の時代は日本が感染症研究において輝いていた時代だ。彼らは日本国内ではなく、海外で多くを学び、世界的研究成果を打ち立てた。明治時代の話だ。明治政府は富国強兵の下、外国留学も国策の一つだったと聞く。海外留学した人たちはがむしゃらに勉強し、帰国してからは日本の近代化に貢献した。考えて見れば、今の日本人は勉強しなくなったし、働かなくなった。がむしゃらさが無くなった。日本では何か新たな技術やビジネスが誕生するたびに声高な批判が寄せられる。成功者は基本的に妬まれるので、自身の経験を積極的には他人に語らず、成功のロールモデルも共有しにくいが、また多くの日本人は他人の足を引っ張る。こういった中では事なかれ主義になるのもしょうがないかもしれない。
さてコロナに関して締めよう。コロナは日本を恐怖に陥れ、混乱を招いた。しかし、考えてみれば、各々が免疫を鍛え、体力、気力を持てば、克服できないものではなかった。日本人はもっと前を向いて進もう。コロナ後はコロナ前に戻ることなく、良いきっかけにしてしなければならない。