和歌山市内で、衆院補選の応援演説で訪れていた岸田文雄首相の近くに爆発物を投げ込み、演説を妨害したとして、木村隆二容疑者(24)が逮捕された。
これを聞いて去年の安倍元総理の事件を思い出した。奈良市の無職、山上徹也 被告(42)をマスコミは旧統一教会に恨みを募らせた末、事件を起こしたと擁護した。しかし、これは完全な殺人事件であって擁護すべき対象ではない。
自分の日を棚に上げて、他人に責任転嫁する例が多くなった。加害者が自分は被害者であると主張することを例外者と呼ぶ。こういう責任転嫁は、誰もが持っている人間の心理でありメンタルを防衛するためにも必要不可欠な、自己防衛のための心理作用だが、度が過ぎると孤立してしまう。
昔の日本はこうではなかった。日本人は悪いことをすると、自分から謝ったものだ。日本社会はそういう人を許してきた。しかし今はどうか?小さなことでも社会から抹殺されるような社会になった。別に他人の不倫などどうでもいいことだが、地位や金銭も奪われるケースが多い。
今のインターネット社会は、それを助長している。ネット社会では、自分をいかに他人にアピールするかといった個人の価値観が先行し、自分を美化したり悲劇のヒーロー・ヒロインを装うなど、自己のキャラクター化現象が独り歩きをしている。それによって自己中心的になっている。
ではどうすればいいのだろうか? 私には難しい問題だ。ただ最近の日本社会は貧富の差が大きくなっているように思う。根本的には資本主義の問題だ。資本主義は、労働者からのみならず自然からも搾取して経済成長してきた。しかし、労働者も自然も疲弊している。ここで立ち止まり、これでいいのかを問うべき時にある。社会主義に戻れとは言わないが、搾取で発展する時代は終わっているのではないか。政治家が考え、国民が選択するときにきている。