春節

3〜5分

 22日の日曜日は静かな朝だ。元旦は家で静かにしているのが習わしだそうだ。日本でも「お正月に入浴してはいけない」とか、「洗濯や掃除は2日以降にする」ということを幼い時に聞いたことがある。日本の地方によっては、刃物を使わないなどというところもある。おそらく元旦くらいは家事をしないようにとの配慮なのだろう。よく、スポーツ選手が元旦から練習を始めるというが、これは邪道であろう。私が若いころは朝に神社にお祈りし、朝食の前に日本酒を飲んだものだ。
私は数えで69歳になる。来年は古希である。中国の詩人、杜甫の詩の一節「人生七十古来稀なり」に由来する。長寿祝いの色は紫である。
杜甫の発音はトープーである。渡部もトープーという(発音は若干違うらしいが)杜甫が読んだ「曲江」の詩の一節。
着るものを質に入れてまで飲み歩いて、
毎日酔っ払って帰る。酒代のツケもいたるところに。
でも人生70年も生きるなんてまれ
目の前には花に舞う蝶や、トンボのいる水辺の美しい景色
風も光もすべて移り変わっていく
今は何もかも忘れて、しばらくこの美しい景色に浸っていよう
杜甫は58歳で亡くなった。700年頃を生きた杜甫が評価をされたのはそれから300年以上経ってからだ。流浪の詩人は不遇な人生を過ごしたが、その客観的な視点による詩は、今の時代でも共感を呼ぶものだ。杜甫の詩には晩春の風景を詠んだものが多いが、杜甫の心の中を推量れるものではない。ボーっとゆっくり流れていく風景と諦めに似た思いが交錯している。杜甫は優秀がゆえに世間から弾き飛ばされ、その重く暗い己の人生と、それとは関係なく流れていく晩春の風景とのコントラストが、この世の性を表している。
この元旦の風景も、私の思いとは関係なく流れている。私の心の中にも杜甫のような思いがあるのかもしれない。

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