今週は独りで過ごしている。誰にも会わず家にいた。誰かと会わなければ不安でしょうがない、なんてことは私にはない。テレビも見ない。
トヨタ自動車やNTTなど国内企業主要8社が11月、人工知能(AI)、スパコンなどに使う次世代半導体の国産化を目指す新会社を設立した。2nmの半導体を2025~30年に量産化するという。国は700億円の支援を行うというが、できるのだろうか?
東芝でフラッシュメモリ開発に携わった元技術者の竹内健氏は、著書『世界で勝負する仕事術』の中で、開発したフラッシュメモリを、どう活用していくか、日米の技術者の発想、姿勢の差を以下のような趣旨で指摘している。 「アップル社は、箱屋(部品を集めて仕上げ。セットベンダー)と呼ばれるが、技術者自らが商品の打ち合わせに参加した。『アップルに技術はない』は誤解。半導体技術を深くまで理解し、どう部品を組み合わせて活用していけば、新しい製品が作れるかを常に考えていた。メーカーに注文を出すくらい開発をリードした」という。 一方で、「日本の顧客であるソニー、松下電器、富士写真フィルム社は、技術者でなく、部品調達の部門の人しか現れない。どんな製品を作るより、安く買うしか頭になかった」と振り返った。
ここ二週間日本にいて思ったのだが、この国の硬直化は進んでいる。ピーター・F・ドラッカーは「絶対失敗しない唯一の方法は、何もしないことである」とのべている。自分の保身は部下にも及び、部下にも「何もしないこと」を要求する。したがって部下からの提案は却下される。
昔が懐かしいと思うのは老人になったせいであろうか? 昔は失敗しても説教くらいで済んだ。今は失敗する人がいなくなり、説教する人もいなくなった。よく芸能人や政治家が不倫をして職を奪われることがある。よく考えてみれば不倫は刑法にはなく民事で離婚や損害賠償が認められるだけだ。そのことで一生テレビに出れなかったり、選挙に出れなかったりするのはおかしい。私が言いたいのは日本全体が不寛容の社会になったことだ。自分の主義・信条と合わない行動を取る他人を叩いたり批判したり、さらには人格否定までする不寛容な人が増えている。自分の信念に都合のいい情報ばかり集めて、都合の悪い情報は切り捨てるという行為が繰り返されていくと、誤った認識が歪んだ情報で補強されることを通じて、ますます強固なものになっていき、最後はその人の頭の中で、歪んだ情報が事実として受け止められ、自分の主義・信条に合わない価値観に対しては徹底して不寛容になってしまう。実はこのことは日本だけではない、世界中でこの傾向が強い。海外では昔からこの傾向があったが、昔の日本は「あいまい」というフィーリングがあり、寛容な社会だった。白黒つけない・善悪をつけない・あいまいというような気質があった。それを変えたのは、欧米の考え方を埋め込んだからだ。特に経済界ではISOの導入、リストラの許容、コンプライアンスなどなど、それは日本人には合わないものであったように思う。実は今を生きる人には気づいていないかもしれないが、日本では明治維新以来の革命が1990-2000年にかけて起こっていたのだ。その革命は血を流さず静かに行われた。それは資本主義から社会主義への転換だ。
私が日本は衰退しているというのは別にして、日本人も日本が衰退していると感じているのではないだろうか? 国民に諦めの気持ちが蔓延した状態、衰退を受け入れている状態は国民全体を覆う倦怠感と無気力感を助長する。この社会主義革命は始まったばかりだ。だんだんひどくなる。私は70歳で引退を考えている。あと3年だ。そのあとはどの国で過ごそうか? 自由に一人で過ごせるところだ。