喪中のはがきが来た。辻さんが亡くなったことを初めて知った。故辻政弘氏は4月28日に83歳で亡くなったそうだ。私とは一回り以上違う。今年の初めに辻さんがすい臓がんで入院していると聞いたことがあったが、コロナ下ではお見舞いに行くこともできなかった。
辻さんは私が東芝セラミックスに入社した時は、すでに大阪の営業支店長だったように思う。私が大阪の出張で支店に寄ったことがあった。その当時は寝台特急「日本海」で朝早く大阪に着いて、会社の人より早く着いた。私は新入社員で言葉も交わさなかったが、時間中に「床屋に行ってくる」と辻さんが出ていったのを覚えている。その次に会ったのが、楠和クオルツで、辻さんは東芝セラミックスを退職してやってきたのだ。楠和クオルツ時代、辻さんは心筋梗塞で倒れ死にそうになったことがあった。辻さんはそのあと渡辺石英に移った。
東芝セラミックス時代の逸話がある。当時の社長が小国製造所の連続管引きを止めるということを辻さんに相談したことがあり、辻さんはその社長の意見に反対した。社長に反対したものだからいづらくなったようだ。東芝から来た社長は怒って辻さんの出世の道も閉ざされた。
来週、辻さんの家に行ってみよう。