産業革命は本当に人を幸せにしたか
間違いを恐れないことが独創性につながる。しかし、世界中どこでも数学や言語が重んじられ、芸術系の教科は軽く見られる。なぜなら今の教育制度は学者を作るためのものだからだ。教育制度が創り上げられた19世紀以前は世界中どこにも公教育なんてなかった。教育制度は産業社会のニーズから生まれた。科目の優劣は2つのことから決められた。1つは働くために有用な科目が最優先ということ、二つ目は 学力。学校の成績だけがいまや知性だと思われている。大学側のイメージだけで教育制度を作ったため、無数の創造性溢れる天才の芽が摘まれている。昔は学士を持っていれば仕事が得られた。しかし今は学士を持っていても仕事が見つからない人もいる。そのために修士を求め、学歴のインフラが起こっている。
産業革命を評価するのは難しい。良い面も悪い面もあったからだ。技術は機械を作り、人は機械に働かされるようになった。資本家が暴利をむさぼり貧富の差を作った。子供までが働かされるようになり、そのために最低の義務教育が始まった。子供には忍耐と機械に都合の良いことを教えた。すなわち、教育マシーンはロボットを作って社会に送り出していたのである。それは20世紀まで続いた。でも最近はこれが変化している。人を幸せにする想像力が求められていると強く感じる。そして従来の教育を受けた人に期待はできないという不安さえ感じる。今の日本を見ても、70歳まで働けというもののそんなことを求めることはできない。結局、子供らに託すしかないのだ。しかし、教育がついていけない。それなら思い切って義務教育などやめた方がいい。この義務教育の歴史は産業革命によって必要とされた労働者を作るためのものだからだ。
今痛烈の感じていることだが、字をうまく書けとかというが、今は携帯でもPCでも入力すればどんなフォントでもかける。そんな必要のないことをやるのであれば、携帯やPCの使い方を教えた方がいい。歴史は動画で見せる。数学はもっと意味を教え、計算は計算機やエクセルを使えばいい。英語は会話を重視し、書くのは翻訳ソフトを使えばいい。最も重要なのは、今の危機を教え、どうしたらいいかという解決能力を育てることだ。私は今の大人世代が、解決できないことが多すぎて右往左往しているように見える。それは産業革命以来の労働者の姿だ。世界のスーパーリッチが移民の子から誕生しているように、若いころに個性をつぶされないできた人をたくさん産むことがこれからの社会であるように思える。
AIとロボットは、産業革命の終焉を演じるだろう。AIとロボットが働いてくれるため、人は働かなくてもお金に困ることはなくなり、社会は大きく変革する。義務教育は必要なくなり、学校は消滅する。子供は家で学習する。興味のあることを勉強すればいい。その中で独創性のある者は社会をよりよく変革できるようにする。その社会は真に自由になるだろう。そんな時代が来ることを信じてやまない。