日中国交正常化50周年

3〜5分

 外交安全保障の司令塔役を務める秋葉国家安全保障局長が中国を訪問し、外交トップの楊潔篪・共産党政治局委員と日中関係や台湾情勢などについて、協議した。来月の日中国交正常化50年を前に、双方が外交関係の修復に歩み寄りを見せたかたちだ。

 9月29日には日中国交正常化50周年を迎える。1972年9月25日、田中角栄総理とと大平外相は北京に降り立ち、周恩来首相との会談の後、29日に共同声明に調印した。このころは米ソの冷戦状態であったが、また中国もソ連と敵対していた。この状況を見て田中角栄は中国に乗り込んでいったのだ。田中首相は「日本が過去、中国国民に多大の迷惑をかけたことに深い反省の念を表明する」と述べた。中国は戦後補償を破棄することで、日本からの経済協力を推し進めていった。まさに「小異を捨てて大同を求める」である。

 今の政治家に田中角栄のような行動力を求めることはできない。統一教会から支援を受けてもダメ、妾がいてもダメ、お金をもらってもダメなど、今の日本では政治家としてより哲学者が求められている。大局を見れず、日本の将来像も描けなくていいのだろうか?

 外が騒がしいので見てみたら、続々と車に乗り込む人がいた。7日間の隔離を終えて、地元に帰る人だ。地元の車が迎えに来ている。まだ7日なので公共の輸送機関を利用することができないからだ。この人たちは帰ったところのルールであと3日間の隔離をする。の人たちは帰ったところのルールであと3日間の隔離をする。社区(一区画のアパート群)が認めれば、アパートで隔離をする。(隔離というより健康観察だ)私はあと3日ここで過ごした後、高鐵で移動する。ちなみに7日後は健康コードが赤から黄色になり、10日後は緑になる。

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