83歳で太平洋横断

4〜5分

ヨットで単独無寄港の太平洋横断を目指して3月に米サンフランシスコを出航した海洋冒険家堀江謙一さん(83)が4日未明、2カ月超の航海を経てゴールに設定した紀伊水道に入った。関係者によると、世界最高齢での記録達成となった。

1962年5月12日、23歳のときに小型ヨットマーメイド号』で、単独無寄港太平洋横断を目指して、兵庫県西宮を出港、同年8月12日アメリカサンフランシスコに入港し、成功した。当時はヨットによる出国が認められなかったため、「密出国」という形になった。8月10日に家族から捜索願が出されたことを受け、大阪海上保安監部は“自殺行為”とみて全国の海上保安本部へ“消息不明船手配”を打電し、不法出国問題より、救助を先決にしていた。堀江がサンフランシスコに到着したとの連絡を受けた大阪海上保安監部救難係は、「アメリカからは直ぐ不法出入国者として強制送還され、日本に着くと直ぐ捕まえられることになる」と話し、また、同監部警救課長は「こんな真似をされては困る。ヨット同好者などが、このような“冒険”を称賛するようなことがあればとんでもない間違いで、海の恐ろしさを知らぬ“人命軽視”だ」と非難した。しかし、サンフランシスコ市長ジョージ・クリストファーが「コロンブスパスポートは省略した」と、尊敬の念をもって名誉市民として受け入れ、1か月間の米国滞在を認めるというニュースが日本国内に報じられたところ、日本国内のマスコミ及び国民の論調も手のひらを返すように、堀江の“偉業”を称えるものに変化した。

 この堀江さんと聞くと三浦雄一郎氏と植村直樹氏を思い出す。世界的な冒険家が日本にはいる。人がやらないことに挑戦し、成果を出した瞬間に味わえる感動は、冒険家しか味わうことはできないものだ。その感動で出たセロトニンを味わうために、冒険者は死ぬまで冒険者であり続ける。技術者も同じだ。世界で初めての技術を開発した時の感動が忘れられないため、死ぬまで技術者であり続ける。冒険者は技術者にとっても尊敬に値するものなのだ。

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう