だんだん重信房子を知っている人も少なくなった。普通の人であった彼女が明治大学夜間部にいるときに明大闘争なるものに参加してからの変貌に驚く。共産主義者同盟赤軍派を立ち上げ、そのあとに赤軍派をつくりパレスチナ人民解放戦線に参加する。彼らが起こした数々のテロを起こした。それはマルクス主義の間違った解釈によるものだったのだろうか?
マルクスはドイツ生まれである。マルクス主義の柱は「資本家が独占する資本を、奪取し、社会全体の共同資本とすることで、より良い協力的な社会が実現する」「資本主義という経済の形態を変えなければ社会は変わらない」「共産主義によって資本主義をかえる」ということで成り立っている。すなわちマルクスは政治と経済は同じものだということを主張し、これを成し遂げるためには革命しかないと主張した。多くの国がこのマルクス主義を採用し、革命を起こした。
赤軍派は武装闘争によって革命を起こそうとしたが、そういう考え方が日本にはなじまなかった。多くの派が分離独立していった。それを止めるために、密告により処刑が行われたのだ。この構図は多くの共産主義国家に共通している。赤軍派は日本にいられなくなり、パレスチナに拠点を求めた。ここまで来るとマルクス主義とは全く異なるようになり、唯一「革命」だけが目的の組織となった。テルアビブ空港乱射事件では100人以上の死者を出し、数々のハイジャック事件も引き起こした。しかし、PLOアラファト議長の来日で日本赤軍の行為をやめさせるとアラファトが約束してから、資金が調達できなくなり、急激に弱体化していった。2000年に大阪のマンションにいたところを逮捕され刑務所に入った。
2022年5月28日に懲役20年の刑期満了した重信は、「半世紀前にはなったが、人質を取るなど、自分たちの戦闘を第一にしたことによって見ず知らずの人に被害を与えたことがあった。古い時代とはいえ、この機会におわびする。そのことを自分の出発点としてすえていきたい」と謝罪した一方、「自分が『テロリスト』だと考えたことはない」と主張した。
彼女はテロリストではなく、自分を「革命家」だと思っている。「マルクス主義」など知らず、その中の「革命」だけ信じた彼女らしい主張だ。マルクスは急ぎすぎた、資本主義から共産主義、社会主義への移行を「革命」によってやろうとしたからだ。したがって、今の共産主義や社会主義は独裁となり、国民の不満を封じ込めているいびつな社会となっている。おそらくマルクスの言っていることは正しい。日本は資本主義であるが、社会主義に近い側面も持っている。重い税金によって社会保障を維持し、働けないものには助成している。それは資本主義の熟成期になっていることを示している。Alやロボットの出現によって独裁でない社会主義が将来実現するかもしれない。昔、大学の経済学部の教授のほとんどはマルクス主義を研究していた。学生もそれにかぶれた。しかし今思ってみると、マルクス主義を本当に理解し、その問題点を洗い出し、もっと優れた思想を作り出せていれば、重信房子のようなテロリストを生むことはなかったのではないだろうか?