老後を生きる

6〜8分

和田秀樹『70代が老化の分かれ道』(詩想社新書)

これまで勤めてきた会社の定年を迎えるということは、人生の大きな節目と言っていいでしょう。特に男性にとっては、人生=仕事のような生き方をしていた人も多く、ここから新しい自分の人生をどうつくっていくか戸惑う人も当然います。

問題なのは、会社を辞めたことで、自分の人生や自分自身を失ってしまったかのように感じている場合です。そのような人は、「会社に勤めていたときの自分が本当の自分であった」、と考えていることが往々にしてあります。しかし、そういった考えは、錯覚にすぎません。

勤めているときは部長だった、専務だったと以前の肩書に辞めてからもいつまでも執着している人は、こういった錯覚をしがちです。肩書がなくなったことで、本来の自分ではなくなったような寂しさを感じるのです。しかし、肩書や属性はうわべの部分であって、あなたという人間の本質には関係ありません。

たとえば部長のときは親しくつき合っていた人が、自分が会社を辞めたとたん対応が悪くなったとしたら、その人はあなたの肩書を見てつき合っていただけなのです。そんな人間関係が、うれしいでしょうか。やはり、自分という人間性を認めてくれて、親しくつき合える人こそ、親友と呼べるのは当然のことです。

私たちが大切にしているのは、その本質の部分であって、肩書などではありません。会社を辞めて、「ただの人」になったと落胆することはないのです。むしろ、肩書から自由になることで、まわりもあなたを本質の部分で評価しますし、あなたもありのままの自分を認めてくれる本当の人間関係をつくるチャンスが増えると考えることもできます。

退職を契機に落ち込み、活動レベルが一気に落ちることは、老化を加速させる大きなリスクです。そのためにも、いつまでもふさぎ込んでいるのではなく、新たな仕事やボランティア、趣味の活動などを始めることをお勧めします。

70代のうちから仕事をしていたり、ボランティアなどの社会参加や、趣味の活動などをしていた人は、80代でもそれを続けている場合が多いものです。

結局、家族を見送ったあとは、何もせず毎日過ごすようになり、介護廃人のようになって老いてしまうということがよくあるのです。

ずっと長く会社勤めだった人が退職すると、最初は第二の人生だと張り切るが結局、喪失感に襲われる。更年期障害なども出ればうつ病になるかもしれない。これは長く同じことをやってきた人ががらりと違った環境に置かれることで起こるものかもしれない。自由にあこがれた奴隷が、自由になったとたん自分のやりたいことが分からなくなるようなものだ。人にとって自由は最大の喜びだが、組織の中の自由のほうが心地よいのだ。それはペットのようでもある。

老後に人生にも目標が必要だ。そして目標に向かって努力することだ。それが若く気持ちを保つことだ。サラリーマン時代に培った、目標設定、戦略立案、そしてPDCAは役に立つ。それができない人は普通にボランティアや趣味をやったほうがいい。私は土日もなし、昼夜なしに考えている。そして私の動機は社会貢献だ。人生の最後に社会貢献というテーマでやっている。老ける場合ではない。

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