5月2日の日経新聞は『「教育岩盤」~揺らぐ人材立国~』特集を一面5段抜きで報じ、「博士減、研究衰退30年」と衰退する日本の教育の現状に警鐘を鳴らしている。
「人口100万人あたり博士号取得者数(2018年度)は日本120人に対し、米国、韓国は300人弱、ドイツ300人強、英国400人弱で、日本だけが、2008年比でも減少している情けない状況だ。2007年に276人いた米国での日本人博士号取得者数は10年後の2017年には117人と半減以下に減少。国別順位も21位に落ち込んだ」
人口当たりの博士の数で比較するのは強引だが、総数でもアメリカ、中国に大きく水をあけられている。しかしながら、現実を見てみると(失礼だが)大学に入って真剣に勉強している人はどれだけいるだろうか? ほとんどの人が目的もなしに大学に入学しているのではないか? はたしてこれだけの数の大学がいるのだろうかと疑問になる。遊んでいる大学生など大学にいる必要はない。働いて自分の金で遊べばいい。
バートランドラッセルの「教育論」では「大学は特殊な能力を持つもののための特権として考えられねばならない」と説く。これを持ち出すと時代に逆行すると言われそうだが、今の大学の状況を見るとこのように言わざるを得ない。政府は大学に出す補助金をやめ、大学は学費を高くして企業のように運営し、半分くらいの学生に返還義務のない奨学金を与えるべきだ。それは毎年、成績によって決定する。
大学も大学院も学びたい人に学ばせるところだ。そうして得た学位はエリートとして与えられてもいい。そのエリートが社会をリードしていくのだ。と書いたところで、私は学歴無用論である。実力があれば学歴などいらないと思っている。だが、今の日本社会ではなかなかそういうことは難しい。教育もそうだが社会の風潮も変えていかなくてはいけないかもしれない。