日本電産の発表資料によると、人事は同日付。異動の目的について、永守氏による経営指導体制の下、日本電産本来のスピード感のある経営を行い、2030年に売上高10兆円の実現をより強固なものにするためなどとしている。
日産自動車でナンバー3の副COOまで務めた関氏は20年に日本電産に移籍し、翌年6月にCEOに就任。しかし同年秋ごろから永守氏は足元の業績回復の遅れや株価の値動きを懸念し、社内で関氏への失望感を表明。主力の車載事業で自ら陣頭指揮を執るなど、あつれきが生じていた。
永守氏は21日の会見で、現在の世界情勢について「逆風というかいろんな経済・政治問題が出てきており、非常に早い決断と対処が必要な段階に来ている」とコメント。CEO復帰について「こういうときは創業者で全てを知り尽くしている私が、短期的に指揮を振るって業績状況をもっと改善」する狙いがあると述べた。
関氏は今回の処遇について、負けず嫌いなため「正直悔しい」と述べた上で、「この向かい風を跳ね返す実力がなかったのは事実」と認めた。役職が変わっても「所詮この会社の中で会長が一番で私が二番という関係は変わるわけでない」と述べた。永守氏は9000円を下回っている現在の株価水準は「耐えられない」とし、関氏に1年でCEOの座を譲ったのは「早すぎたと反省」していると話した。今後3年ぐらいで関氏に実力がついた段階で再びCEOに戻ってもらえることを期待しているという。その上で、「私はものすごく元気で、年寄り扱いは困る」と自身の健康に問題はないと説明。同社の業績と株価を投資家らが「安心できるところに持っていってからバトンを渡さないといけない」と語った。
永守氏は1973年に創業した日本電産を50年近くかけて時価総額5兆円を超える有力企業に成長させるなど、その経営手腕には定評がある。しかし、関氏の前に社長を務めた吉本浩之氏は20年に副社長に降格となり、21年5月に日本電産を退社。永守氏も8月で78歳を迎えることから、市場から後継者問題への懸念が出ていた。
日本電産は同日、今期(23年3月期)の営業利益は前期比23%増の2100億円になる見通しだと発表。ブルームバーグが事前に集計したアナリスト21人の営業利益の予想平均値2226億円を下回った。今期(23年3月期)業績予想
| 売上高:前期比9.5%増の2兆1000億円-市場予想2兆576億円営業利益:同23%増の2100億円-市場予想2226億円純利益:同21%増の1650億円-市場予想1741億円 |
22年1-3月期の営業利益は前年同期比17%減の369億円だった。部門別では、不振に陥っている車載事業が1億5400万円の営業赤字に転落。半導体影響に加えて欧州などで構造改革費用やトラクションモーターシステムの開発費を計上したことなどが要因となったという。また、精密小型モーター事業の営業利益もロックダウン(都市封鎖)の影響などで53億円と前年同期の約3分の1の水準まで落ち込んだ。一方、同社は社名をニデックに23年4月1日付で変更するとも発表した。
サラリーマン社長には限界がある。株も持っていないわけで権力も弱い。ユニクロもそうだった。結局外からサラリーマンを呼んでも思い通りにできるわけがない。そういうところにホイホイと行く人もかわいそうだ。どうしようもありませんね。