「メイド・イン・ジャパンは誇りでした。それがコストに見合わないから手を抜けとなり、手を抜きたくないのに予算を削られて、目をつけられれば営業にまわされる。営業も立派な仕事ですが、技術者にやらせるべきことは他にもあるでしょう。海外生産は仕方ないにしても、メイド・イン・ジャパンの技術だけは守らなければならなかった。それなのに、目先の利益と老後の逃げ切りだけを考えた経営陣や事務屋に滅茶苦茶にされたのです」
こうした技術者の受難は1990年代以降、日本の「ものづくり」衰退と比例するかのように繰り返されてきた。
ものづくりの大先輩からこうした声を聞くのは悲しいが、現実であり実感なのだろう。ノーベル物理学賞の眞鍋淑郎博士に「I don’t want to go back to Japan(私は日本に戻りたくありません)」とまで言われてしまった日本。本稿はただ一人の技術者の話かもしれないが、現に日本の理系の現場が蔑ろにされ続けてきたことは事実。蔑ろといえば理研が600人の研究関係者を雇い止めにする、事実上のリストラをすることについてはどうか。
「驚きません。日本はそういう国ですよ。私もそうでしたから」
「理研に入れるってすごいことですよ。私の大学の出身者にもいますが頭の作りが全然違う。研究主宰も(雇い止めの中に)いるのでしょう? その下の研究者も含めて海外に出るでしょうね、日本企業は年食った研究者や技術者、とくに基礎(科学・研究)は雇いませんから。日本が心配ですよ」
彼の部下にも海外に出てヒット製品を手掛けた技術者がいたという。その方にとっては生活のためだがリベンジマッチの意味もあったのかもしれない。それにしても、これが理研クラスの研究者で、時間は掛かるが世界を覆すような研究をしていた研究者だったら、と想像すると恐ろしい。
「私の話は小さな話かもしれませんが、そういうことをするから他国に技術が流れるんですよ。そんなことを国や(日本の)企業が30年間繰り返した結果が、いまの日本です」
「待遇が悪いのですから流出は止まりませんよ。ずっとそうなのですから。大手だって技術部門の待遇は酷いものです。事務方にすれば『好きなことやってるんだからいいだろ』って感覚です。それで逃げられて、裏切られたとか、何をいまさらですよ」
彼にすればまさしく「何をいまさら」なのだろう。「今だけ金だけ自分だけ」が跋扈して久しい日本、個々人はそれで構わないが、企業や研究機関、ましてや政府がそれでは衰退もやむなし、いまや日本の技術革新力は13位(WIPO・2021年)、科学技術指標によれば主要論文数は10位(文部科学省・2021年)、競争力ランキングに至っては31位(IMD・2021年)である。かつて世界の科学技術を牽引してきた日本が、GAFAMに代表されるような新世代をリードする先端・先進技術どころか旧世代の技術すら世界から取り残されようとしている。日本の宝である技術や研究を売り渡し、冷遇し続けた末路と言われても仕方がない。
「現役時代から意味不明でしたよ、経営陣はもちろん、営業や事務方が何をしたいのか私たち技術屋にはさっぱりわかりませんでした。理研の研究者も同じじゃないですかね。それでうまくいってるなら私たちが悪いのでしょうが、傾くばかりだったのですから。ほんと、何がしたかったんでしょうね」
韓非子の「千丈之堤以螻蟻之穴潰」(千丈の堤も螻蟻の穴に潰ゆ)ではないが、彼のような技術者はもちろん研究者、クリエイターといった個々の現場を軽視し続ける愚行、その積み重ねもまた「失われた30年」、日本衰退の一因である。資源大国でも食料輸出大国でもない日本が頭脳を冷遇し、放棄する。それも現在進行形である。本当に何をしたいのか、さっぱりわからない。
老人は過去の栄光で生きている。技術屋ならばそうだろう。日本人なら「いい大学を出て、大企業に就職して定年まで務める」という価値観で生きてきた人は多い。それがバブル崩壊によって変わってしまった。会社は一気にグローバルスタンダードという基準になった。それに取り残されたのが技術屋ではないのか?技術屋が技術だけを知っていて通用する時代は終わったのだ。作業服を着た上から鎧をつけて槍を持ち、新たな戦場へと出ていく勇者になって、自分の実力を問う時代になったのだ。政府や会社経営者の方針に文句を言っていても始まらない。