「藤子不二雄」の漫画やアニメとともに年を重ね、特別な思いを抱く人は多いだろう。7日、川崎市の自宅で亡くなっていることがわかった藤子不二雄(A) (本名・安孫子素雄)さんは、平成8年に死去した藤子・F・不二雄さんと長年コンビを組み、戦後の日本漫画界を牽引(けんいん)してきた。児童向け漫画をはじめ、ブラックユーモアや怪奇漫画、自伝漫画など幅広いジャンルに挑戦。80歳を超えても連載を続けるなど「生涯現役」の漫画家だった。
私の子供時代は、週刊、月刊誌、そしてテレビと漫画に夢中になった。特にSFにはのめりこんだ。特に手塚治虫のアトムとか横山光輝の鉄人28号などはすごかった。手塚治虫の最後の言葉は「頼むから仕事をさせてくれ」だったそうだ。胃癌を患い、昏睡から覚めると鉛筆を握り、また意識がなくなる。そんな繰り返しの最後だったとのこと。「睡眠は三日間で三時間。こんなつらい仕事を四十年続けるなんて、馬鹿じゃないとできないですよ。」 「後世に残る作品をなどと気張らず、百歳まで描きたい。」彼のこれらの言葉どおり、絶えず漫画を描くことが手塚治虫の人生そのものだ。漫画家は漫画を描くことが大好きなのだ。
お金を稼ぐために、好きでもない仕事を続けるなんてできない。人生は短い。人からバカにされても自分が好きな仕事に熱中できる人生がいい。それはまさに麻薬のようなものだ。そして漫画家のように人に尊敬されるような人はもっといい。