もうすぐ3月も終わり

3〜5分

 ここ深谷も桜が咲いてきた。しかし今日は少し寒い。満開は来週前半になるだろう。私はここ3ヶ月くらい一人で暮らしている。何をするにも自由だ。でも自炊しているので、買い物や料理は自分でしなければならない。いいこともある。ダイエットは一人のほうがいい。私は若い時から一人でいることが苦にならない。だが独りが嫌な人は孤独に感じるだろう。

 私は高校から親元を離れた。親が放任主義だったこともあり別段寂しくなかった。理系だったが学生時代は本を読み漁った。そのせいか普通の生き方ができなくなった。崇高な生き方に憧れたからだ。「自由」とは何だろう? 定義では「他からの 強制 ・ 拘束 ・ 支配 などを受けないで、自らの意思や本性に従っている ことをいう」。ある人は、「自由」と「孤独」は表裏一体だという。それはヒトが群れで生活する生き物だということを前提にしている。しかしそうだろうか?群れで生活するということは全滅の危険性がある。したがって生物は絶滅しないようにできている。村と離れて生きる遺伝子を神は所数のヒトに埋め込んだのだ。「自由」と「孤独」とは全く違うことなのだ。「自由」を選んだ人の遺伝子には「孤独」に感じないようにできている。昔からヒトは大陸を移動し、世界中に散らばった。ただ日本だけは村社会に生き、外に出ようとしなかった。そして人とのつながりが人生を豊かにして寿命を伸ばすような環境になった。

 日本で「自由」を求める人は、日本で暮らすことは苦痛だ。「破天荒」を目指すなら海外のほうがいい。私は海外を知って自分の生き方が許される世界を知った。群れで生きるのが良い人と群れで生きれない人。すべてを遺伝子のせいにするのではないが、明らかに違いがあるような気がする。

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