幸せな人生を送るためには、なにが重要なのか。テレビ朝日・元アメリカ総局長の岡田豊さんは「アメリカから戻ったとき、日本の通勤風景に強い違和感を抱いた。日本人は会社や社会の価値観に縛られすぎている」という――。
2017年夏。帰国した翌日、銀行や役所に行って諸手続きをし、その翌日から、東京の本社で仕事がスタートしました。最初の異変に気付いたのは朝。久々の通勤電車でした。満員の車両やホームでは誰も笑っていません。会話もありません。駅で降りたいのに満員の車両の中ほどで身動きが取れず、降りられない人がいます。譲ろうとする人も少ない。降りる人も一言、「降りまーす」と言えばいいのに、無言で無理に人をかき分けて降りようと必死の形相です。
満員電車という空間の中で、「個人」が埋もれそうになっている。なんだか、そんな光景に見えました。駅に着くと、我先にと降りる人、人、人。他人を押しのけていく人もいます。私がまだ慣れていないせいもあったのでしょうが、ホームを歩いていると、後ろから来た人に、かかとを踏まれました。後ろから走ってくる別の人には背中を押されました。
アメリカ赴任前、この“痛勤”風景には慣れていたはずでしたが、強い違和感を覚えました。他人に譲り合おうとするアメリカ社会になじんでしまった反動だったかもしれません。笑っている人が明らかに少ないと感じました。アメリカ人は本当によく笑っていましたから。
日本には、誇るべき素晴らしい伝統や慣習、ルールなどがたくさんあります。先人たちは、各時代で一生懸命に頑張ってきました。しかし、時代は変わりゆくものです。先人が決めた“常識”や過去の成功体験、慣習、伝統、仕組みの中に、私たちが自分らしくあろうとすることを阻み、自立を阻み、可能性を奪うものがたくさんあります。同質性を求め、出る杭を打つ。組織の論理を優先し、個性を軽視する。伝統を重視し、新たな創造を歓迎しない。こんな空気が強いから、未来の展望がいまだに見えてこないのではないでしょうか。自分とは違う人を受け入れること。それが苦手だから、日本人は「国際化」を理解しにくいのではないでしょうか。 人と違うやり方で挑戦をする人に拍手を送ること。無意味な忖度をやめ、組織の支配から抜け出すこと。自分と異なる人をそのまま受け入れること。過去のやり方は参考にしつつも、流されないこと。既存のルールに埋もれず、縛られないこと。私たちが自らの頭で本気で考え抜けば、未来を切り拓く本物の知恵を生み出すことができます。
日本人が自分本来の人生を取り戻し、未来を勝ち取り、日本が世界で埋没しないために、今、「自考(じこう)」が必要なのです。
自考は難しいことではありません。まずは、あなたを苦しめている他人の評価や基準をすべて、遠慮なく断ち切ってゼロベースにしてください。無責任な学校や未熟な教員が押し付けてくる価値観などは、躊躇なくスルーして構いません。自分の居場所がその学校にないのなら、他に探せばいい。会社や上司が決めた評価だけで、一喜一憂するのはバカげています。自分の評価や価値は自分で決めるものです。あなたを苦しめるモノを断ち切ったら、次に、自分を守るためにどうすればいいか、自分の頭で考えます。自考です。法律やルールに違反する行為や、他人に迷惑をかけることでなければ、何でもOKです。
この際、斬新な価値観、基準を創って、とにかく自分を守ります。自己中心的な発想でも構いません。恥ずかしいことではありません。自分は何をやっている時が楽しいかを思い出し、自分で自分を肯定して、自分の居場所を新たに創ります。自分を守ることができれば、他の人も守ることができます。
50代は60歳という大きな節目を前に、心は揺れやすいだろうと思います。50代の自殺者が多いのは、50代の人生の悲哀と無関係ではないと思います。だからこそ、50代での切り替えは大事だと思います。本当にやりたかった仕事は何か。子どものころになりたかった職業を思い浮かべる。学生時代にあきらめていた夢を思い出す。健康であれば、50代から始められることは結構あるはずです。成功と失敗。経験も豊富です。それまでの仕事人生は、ある意味、「準備期間」「修業期間」だと思い直したらどうでしょうか。それまでの経験をベースに、より充実した仕事にトライするという発想転換です。NGO、NPOの活動もいいと思います。過去の発想、過去の環境をいったん洗い流し、自考してみる。50代のモチベーション喪失は、あまりにももったいない。50代が元気にならないと社会の大きな損失になってしまいます。
私の友人は銀行で“出世”できませんでした。退職したら、貯蓄を投じて「子ども食堂」を立ち上げる計画を立てています。彼は数年前、がんの手術をしてから、こう言うようになりました。「自分が生きた証しとして、人の役に立つ仕事をしたいという思いが強くなった」。その夢が「子ども食堂」です。ニューヨークで知り合った不動産業の70代の日系人男性は言います。「この年になっても、やりたい夢や新しい目標が次から次へと湧いてきます。50代なんてスタートするのにまったく遅くない。これからですよ」。
人生はこれからです。年金がもらえる年齢は遅くなることはあっても早まることはありません。健康なうちは働いた方が何かと得でもあります。50代は何かと身体にガタが来始めますが、健康でさえあれば、あと20年くらいは、しっかり働けます。20年もあれば、立派な会社を育て上げることだってできるかもしれません。「自分は成功した」と思った瞬間に、その人の成長は止まってしまいます。いろいろな経験をして、いつまでも人として成長し続けられれば、それは人生の充実につながるはずです。大事なのは「成功よりも成長」だと思います。
まあごもっともな話ではあるが、日本人は集団で生きることをよしとしてきた。集団においてはしがらみが多い。しがらみを捨てれば変人扱いされ、村八分になる。犬も集団で暮らす習性がある。ペットとして買われた犬は人に頼るしかない。もし野犬になればその日の食料を求めてさまよい、外で寝るしかない。50代で自分のやりたいことをやるのはいい。しかし会社にどっぷりつかって生きてきた人にできるかということを考えた方がいい。自由な人生を子供にさせたいなら、子供のころから教えなければならない。人生100年と言っても短いものだ。一つの哲学、一つの仕事で終わるようなものだ。