インドの思い出

5〜8分

 最初にインドに行ったのはいつだっただろうか? たしか2011年のような気がする。中国や日本からは直行便はない。チェンナイは昔マドラスと言った。チェンナイは周囲の入れると人口1300万人の港町である。4月から5月は40度以上、10,11月は雨期になる。チェンナイには、日産や現代の工場がある。

 最初にチェンナイに降り立ったのは3月の後半の夜だった。ホテルにピックアップを頼むと迎えに来てくれるサービスがある。約3000円と高い。普通のタクシーなら1000円もかからない。ホテルに着くとチェックインをするのだが、ホテルの入り口には金属探知機と荷物のチェックが行われる。車の場合は、トランクのチェックと車体の下のチェックが行われる。テロ対策であろうか? カウンターでは必ず名刺を求められた、なぜかはわからない。部屋は常にクーラーがついているが、クーラーを切るとカビのにおいがした。熱帯特有のものだ。チェンナイの人はアフリカ人と同じほど黒い。インド映画の俳優とは大違いだ。俳優はインドの北西の人らしい。

 石英の原石はチェンナイから車で3時間、北に行ったところにある。チェンナイの道路は異常に渋滞している。郊外から高速道路(だと思うが)に入っても一般道路と同じようなものだ。人や牛が横切る。クラクションがうるさい。トラックの後ろには「クラクションを鳴らせ」と書いてある。まさに「カオス」だ。時々、道のそばに事故車が置いてあったが、驚くべきことにトラックの正面に大きな穴が開いている。追い越しで正面衝突した時の穴だ。それでも私を乗せた車は追い越しをしてゆく。社内はクーラー最大でギンギンに冷えているが、外は40度以上である。特に石英の産地のグズールは暑い。一日10か所も行けば、倒れそうになるくらいだ。インドでは坑道掘りは認められていない。露天掘りだけである。それは雲母鉱が多く、崩れやすいからである。したがって大きな鉱区は稀である。石英を採掘して村の人がハンマーでよい部分だけを取り出していく。防塵マスクなどしていない。カースト制の存在するインドでは下層の人たちなのだろう。インドの平均寿命は60歳というが、この辺の人はそれよりもずっと低いだろう。誰も石英が珪肺や肺がんを引き起こすということも教えず搾取している。

 そういえば、インド北東部の山岳地帯にウラン鉱山がある。ここのウラン鉱脈はインド1だ。しかし、ウランの危険性など教えず村人を雇用し働かせているため、深刻なガンや白血病などの病気が蔓延している。ウランの純度は低く、精製しなければならないが、その残差があたり一面に廃棄されている。その残差で道路を作っているものある。原子力発電がクリーンだというが、こんな産業は止めるべきだ。

 石英もそうだ。半導体に使用されているが、根底にはこういう人たちがいて、搾取だけでなく、病気を作っている。これでいいわけがない。もう大量消費の時代は過ぎた。消費する者はリサイクルする義務を負うべきだ。

 

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