『ケンブリッジ大学・人気哲学者の「不死」の講義』(日経BP)

7〜10分

 多くの人が「不老不死」を望んできた。しかし「不老不死」を手に入れた人はいない。

「ある日、金持ちで怠惰な仙太郎という若者が、不死にたどり着けるという霊薬を探すことにし、徐福(不老不死の霊薬を発見し、富士山の頂で暮しているという伝説の人物)のために建立された神社を見つけ出して祈った。すると7日目の真夜中に、徐福が若者の前に姿を現した。徐福は仙太郎を手前勝手な愚者と見て、試すことにした。紙で作った小さな鶴を与え、「これが久遠の生の地へ連れていってくれるだろう」と告げた。仙太郎がまたがると、その鶴は途方もない大きさになって羽ばたき、舞い上がった。そして、海に出て何千里も飛んでから、ついにある離島に降りた。鶴は縮んで元の大きさに戻り、仙太郎の袖の中に飛び込んだ。

この島の住民たちが、そこでは誰一人死なず、病気にもならないというので、仙太郎は大いに驚いた。なんと幸せな人々だろう、と彼は思った。ところが、どうすれば死ねるようになれるか、手掛かりを与えてほしいと彼らにせがまれ、仙太郎はなおさら驚いた。彼らは、長い長い人生に飽き飽きしていたのだ。知られているかぎりの毒を試したが、無駄だったという。とりわけ強力な毒薬は、凄(すさ)まじい人気を博したが、それは、その薬で髪がわずかに白くなり、軽い腹痛がするからという、ただそれだけの理由からだった。あいにく、死ぬことはできなかった。

仙太郎には、人々の不幸がまったく腑(ふ)に落ちなかった。彼は小さな店を開いて、この魔法の島に落ち着き、永遠に暮らすことになった。だが、300年が過ぎると、彼も単調な生活に飽きてしまった。商売ははかどらないし、近隣の人々とは喧嘩(けんか)が絶えない。何もかもが退屈で無意味に思えた。

かつて、不死にしてくれるように徐福に祈った彼は、とうとう徐福に再び祈り、死を免れぬ地へ連れ戻してくれるように懇願した。すると、たちまち紙の鶴が袖の中から飛び出し、大きくなった。仙太郎はその背に乗り、飛び立った。だが帰る途中、ひどい嵐に見舞われた。紙の鶴はもみくちゃにされ、海に墜(お)ちた。仙太郎が沈むまいともがいていると、巨大なサメが、恐ろしい口を開けて迫ってきた。仙太郎は声をかぎりに徐福の名を呼び、「助けてくれ」と叫んだ。と、その瞬間、彼は目覚めた。そこは、徐福が最初に彼の前に現れた小さな神社だった。仙太郎の思いがけぬ体験は、彼の愚かさを暴くための夢だった」

 死があるから私たちは現在を生きれる。この世界には時間という軸が存在し、永遠に生き続けることができないようになっている。だから時計を見てスケジュールを消化する。この時間と死とは繋がっているように思う。マルティン・ハイデガーは著書「存在と時間」で我々人間は世界の中にある存在としか考えられないと説いた。それは「死」によってすべてが終わる。だから「死」を自覚した時に自分の将来全体を見定めやすくなり、可能性を求める本来のあり方に戻ることができると考えた。それは「「人は、いつか必ず死ぬということを思い知らなければ、生きているということを実感することもできない」と言ったことでもわかる。

 人生をよりよく生きるということは、「死」を自覚することから始まる。人は生まれ、勉強し、遊び、職に就き、引退をして死ぬ。「死」を自覚すれば、自分の仕事がこれでいいのだろうかとか考えるだろう。いくらお金があっても、自分が満足するわけではなく、人を幸せにする仕事だったらお金以上の達成感が得られるかもしれない。「不老不死」を求めれば、他人を排除することもあるだろう。戦争もするだろう。しかし「死」を意識すれば人と争うことなどしないだろう。今、人類の絶滅が議論されている。もう一度「死」の意味について考える必要がありそうだ。

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