私の鼻

6〜9分

 私の鼻は高い、兄弟や親親戚でも私より高い鼻の持ち主はいない。韓国に出張に行って帰る日だった。平成11年の12月24日。クリスマスイブの日、私は25日の飛行機で杭州に帰る予定だった。ソウルインチョン空港から帰るのだが、前日に空港近くのモーテルに泊まるのが普通だった。高速バスは仁川空港にアクセスが良く、値段も安い。そこからモーテルに電話をすると迎えに来てくれるのだ。その日は寒く道は凍結していた。近くのロッテマートに行き買い物をした。片手をコートのポケットに入れ、もう一方の手は買い物袋を抱えていた。ホテルの一歩手前で滑った。私は運悪く鼻を道にぶつけた。鼻からは血が出てきた。これはまずいと思い、周りを見渡すと対面に病院があったので、自力で行くと患者はいるのだが医者がいない。聞くと夜は営業していないということだったので、救急車を呼んでくれるように頼んだ。10分くらいして救急車が来たのだが、出血は止まっていなかったので救急車に乗り込んだ。救急車は30分くらい走ってインチョンの大学病院に行った。なんてクリスマスイブだ。

 大学病院の救急病棟は滑って骨折した人があふれていた。私は若い医者の手術を受けた。鼻の骨は折れていなかったが、鼻の皮膚が切れていた。さすが韓国の医者だ。私の鼻にプラスチックのプレートを入れて丁寧に縫ったのだ。整形手術である。しかし、出血を止めるために入れたものがいけなかった。鼻の皮膚の亀裂に圧力をかけて血を止める治療をしたのだ。実は私は東芝セラミックス時代、秋の奉納相撲のために練習をしていた時に、相手の頭が鼻にあたり、鼻を骨折していた。完全に鼻は途中からずれていた。その時も救急車を呼ばれたが、まわしで病院に行くのは嫌なのでジーンズに着替えて正門のところで待っていたら、救急車が通り過ぎて行った。周りの人が救急車を呼んで、私は乗ったのだが、椅子に座っていった。病院に着くと医者はどこかに電話して指示をもらっているようだった。結局、そこでは治療できず二日後別な病院に行くことになった。二日間、痛みをこらえて家にいた。病院に行ったら、手術をして鼻を元に戻すという。なんと医者は高校時代の同級生だった。全身麻酔をするときに、「高校時代お前にいじめられたからな」などという同級生の声を聴きながら意識を失った。ということで下手な医者のおかげで私の鼻は曲がってしまった。鼻中湾曲というわけである。長くなったが、私の鼻は中で曲がっているので、圧力をかけるものを入れると出血が止まらなくなるのだ。それでも医者は帰っていいと言ったので、ホテルの戻ったのだが、朝方血圧が下がった(血圧計を持っていた)ので、ホテルでタクシーを呼んでもらい仁川空港に行って、医務室に駆け込んだ。医者はまた救急車を呼んだ。インチョンの大学病院に逆戻りである。運よく大学教授が治療してくれることになり、レーザー治療を受けて出血は止まった。12月25日のことだ。26日にチケットを取って中国に戻った。すべての経費はクレジットカードの保険で出た。帰りのチケット代も出たので自分で払ったのはなかった。

 そんな私の鼻だが、転んだ時に鼻のほうが先につくというのも困ったものだが、鼻が大きいとあそこもでかいなどと想像されるのも悪くはない。この間、脳のMRIを取った時に、蓄膿症ですねと医者は言ったが、それがあの時のプラスティックだなんて言えない。一生死ぬまでプラスティックが鼻にある、まあいいか。

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