2006年、中国で太陽電池の組み立て会社が続々誕生した。その理由は2005年にヨーロッパでFIT制度ができて太陽電池バブルが起きていた。尚徳電力(サンテック・パワー)は2001年に施正栄によって設立されたが、2005年に上場し、巨額の資金を得て投資を行った。もちろん江蘇省無錫政府の資金援助もあった。あっという間に世界の一位に上り詰めていく。サンテックが伸びた背景には、シリコンウェハーメーカーとの長期契約があったからだといわれる。あっという間に組み立て会社は200,400社と倍々ゲームで増えていった。太陽電池は、金属ケイ素ーポリシリコンーシリコンウェハーーセルーモジュールの工程で作られる。金属ケイ素はその当時も中国が主流だったので、足りないのはポリシリコンーシリコンウェハーであった。次々と地方政府の資金援助でメーカーが出来ていった。ポリシリコンの製造プラントは長期の建設期間が必要なため、供給量が追い付かずポリシリコンの価格が上がった。2005年に66$だったポリシリコンの価格は2006年の終わりには300$を超えた。太陽電池用ポリシリコンの価格が半導体用ポリシリコンの価格をはるかに超えてしまったのである。前に出てきたレナソーラーは廃棄された電気製品から基板を取り出し使用したのだ。多くの廃棄された家電製品が広東省に集められ、分解されて鉛汚染が広がった。一度だけ日本のM社のポリをトリナソーラーに売ったことがあった。内密なはずだったが、日本から中国でM社のポリシリコンがトリナソーラーに売られていると苦情が来た。なんとトリナソーラーはその半導体用ポリシリコンと太陽電池用ポリシリコンを1.5倍で交換すると公募したのだ。そこには私が売ったポリシリコンのロット番号があった。私はだんまりを決め込むしかなかった。トリナの購買の担当者は若い女性で日本語が話せた。ある時、ワッカーシルトロニックがスクラップシリコンを競売に出していた。それをやっていたのはシンガポール工場の中国人だった。私はその競売の権利を持っていた。それを貸してくれと言ってきた。そしてスクラップ10トンを購入した。それはポートランドのものだった。私はその工場の知り合いに連絡し、内容を確認したのだが、そこはN型ヘビードープの工場だ。その当時P型の太陽電池だから使えないと思い忠告した。すると彼女は購入をしなかったのだ。その彼女はコバレント(東芝セラミックス)が上海に事務所を出したときにそこに移ったと聞いた。中国は何でもありだ。信用というものがない。
石英ルツボメーカーも増えていった。2007年には200社を超えるメーカーがあった。それは製造装置がコピーされ、誰でもできる事業になったからである。技術者もどんどん移っていった。余姚英晶とAQMは技術者養成所となってしまった。