私が最初にノルウェーに行ったのは、2004年の3月である。ノルウェーには1996年に設立したSiTech ASという太陽電池用シリコンの引上げ会社があった。ここに余姚英晶で作ったルツボを販売しようと考えた。SiTech ASは倒産してREC ScanWafer ASとなっていた。私はデンマーク経由でオスロに行き、オスロから飛行機でボードーという北極圏の港町に夕方着いた。日曜日に着いたのでほとんどの店は閉まっていた。開いていたスーパーで食料を買ってホテルの部屋で食べた。時差8時間で日本はもう夜中だ、食欲もなかった。翌日空港でレンタカーを借りでSiTechのあるグロンフィヨルドまで行くのだが、大体2時間くらいの距離だ。午後1時の打ち合わせに朝8時に出発した。その当時はナビも付いていないため地図を頼りに行った。行く途中、その景色に目を奪われた。今まで見たこともない景色だった。フィヨルドは氷河が移動してできた入江だ。
1万年前、スカンジナビア半島の上にあった分厚い氷が融けて軽くなり浮上してできた。地球のダイナニズムを感じさせる。
私は何度も車を止め写真を撮った。SiTechに着いたのは午後12時半過ぎだった。お昼を食べずに打ち合わせに行った。韓国人とノルウェー人が待っていた。韓国人は朴と言った。こんなところに韓国人とはと思ったが、SiTechを最初に始めたのはHansChoだった。Hansはシルトロンにいて、私がHansと始めて会ったのはKC-Techの研究所だった。1995年だったと思う。彼は液晶の洗浄機を開発していた。おそらくその後、1996年にSiTechに来たのだろう。その時一緒に連れてきたのが朴だ。SiTechはその当時GEのルツボを使用していた。引上げ時にフリージングを起こして困っているということだった。私は彼らにフリージングのメカニズムを説明した。透明層は光ファイバーのように熱を光で伝達し、上部に運び下部は温度が低下する。通常半導体と太陽電池引上げはホットゾーンが違う。太陽電池はディスクリートと同じで酸素を低くコントロールする。したがってかける温度も低い。彼らに透明層が薄いルツボを提案して打ち合わせは終わった。それ以来倉元はSiTechにルツボを販売することとなった。
倉元をやめるときに、ノルウェーから石英ルツボ会社を作らないかと話があった。2006年にノルウェーに行って本格的な話し合いを行った。ノルウェーでは行ったところで、アルバムのようなものに手書きでなにかを書く習慣がある。それを見た時、岸さんの書いたものがあったのだ。実はその一年前に、古市さんと岸さんがここを訪れていたのだ。古市さんは東芝セラミックス時代の課長で私の仲人だった。岸さんは承知のとおりである。二人とも石英ルツボ工場などできないはずだと思っていたのだが、後でうわさに聞いたことだが、俺にやらせればいいと考えていたらしい。そして2007年ScanCrucible ASが設立され、工場建設が始まった。