アンドリュー・スコット、リンダ・グラットンの『LIFE SHIFT2 100年時代の行動戦略』
著者たちの主張は前作から一貫している。「人類史上未曾有の「超長寿社会」とテクノロジーの指数関数的進歩がもたらす激変に備えなければならない」
人類学では、過去の確実性が失われたときに足場を失ったように感じることを「リミナリティ」という。わたしたちはいま、人生の「錨」が失われたたことで、いわば漂流状態に置かれている。 先進国の標準的な人生は、フルタイムで教育を受け、フルタイムで仕事に携わり、フルタイムで引退生活を送るという「3ステージ」だった。だが定年後の年数が大幅に延びたことで、この人生設計は破綻してしまった。それに代わる新たなビジョンがないことがひとびとを不安にしている。 こうして著者たちは、「3ステージからマルチステージへ」の転換を説く。人生100年時代には、わたしたちは何度も学び直し、新たな仕事に就くようになるのだという。
この長寿社会で生き残るには二つのやり方がある。一つはこの本が言うように何度も学び、新たな職に就くこと、もう一つは専門性を深く掘り下げて一生同じ職に従事することだ。私は後者だ。昔の日本企業では若いうちに開発をやり、やがて製造の管理職になって出世するというのが普通だった。私は一生開発をやる選択を選んだ。これが良かったのかもしれない、今でも石英ガラスの開発で食べている。私に今の人生100年時代などという予測があったわけではない。ただ私には将来に対する不安があった。その不安が的中している。私は50歳で厚生年金を25年支払った後、中国に住所を移し、年金の支払いをやめた。その代わり貯蓄をして老後に備えることにした。それは年金が破綻すると思ったからだ。将来に対する不安は誰にでもあるが、その解消に努力する人はあまりいない。多くの人は政府が悪いとかあきらめるかである。「LIFE SIFT」は歳を取っている人にとっては遅すぎる、若い人にとっては将来はまた違う社会になるかもしれないということで、参考にならないのではないか。
私は若い時に石英ガラスを生業としたのだが、それを一生の仕事にしてきた。私のような人間にとってスペシャリストが生き残る唯一の手段だったのだ。ほとんどの人に才能などない、努力こそが唯一の手段なのだ。それを若い時に知るべきなのだ。