今の世界は簡単に崩壊する

9〜13分

 オックスフォード大学で教えるスウェーデン生まれの哲学者ニック・ボストロムは、現代社会が技術革新のせいで、ある種の脆弱性を抱えるようになったのではないかと考えている。つまり、社会全員の運命が、たった1つの不運や1人の悪人にかかっているような状況である。

 ボストロムがこう考えるのは、人間にはあと先考えずに新しい技術を求める習性があるからだ。科学者や技術者は、「これを発明すべきだろうか?」と熟考して、きちんと手続きを踏んでから発明することはほとんどない。発明できるから発明する。好奇心や野心、競争心に駆り立てられて、ひたすら前へ進む。技術革新に関する限り、アクセルがあるだけでブレーキはない。ときには莫大な価値のある発見がなされることもある。抗生物質や天然痘ワクチンがそうだ。一方、銃や自動車、エアコン、ツイッター等々の、功罪半ばする発明もある。そうした技術がどういう影響をおよぼすのか、よい影響が大半なのか、それとも悪い影響なのかを前もって知ることはできない。手探りで前進し、結果に対応するだけだ。

 ボストロムはこの「手探り前進」の習性を、こんなたとえを使って説明する。巨大な壺の中に玉がいくつか入っていて、人間はそこから玉を取り出している。一つひとつの玉は、発明や技術を表している。白い玉は抗生物質のような、人間に利益をもたらすもので、灰色の玉は功罪半ばするものだ。そしてここが肝心なのだが、壺に手を入れるときは、何色の玉が出てくるかはわからない。人間はただ衝動に任せて手を突っ込んでいる。だが、もし破滅的な玉を取り出してしまったらどうなるだろう? ボストロムは「脆弱世界仮説」と題した論文のなかで、壺の中にはそれを生み出した文明を破壊する、黒い玉が入っているのではないだろうかと問いかける。

 人間はまだ黒い玉を取り出したことはないが、「その理由は、人間が技術に関してとくに注意深い方針や賢明な方針を持っているからではない。たんにこれまで幸運だったというだけだ。……私たちの文明は、壺から玉を取り出す能力には優れているが、壺の中に戻す能力はない。発明することはできても、発明をなかったことにすることはできない。黒い玉がないことを祈るだけの戦略なのだ」この「黒い玉」、すなわち文明を破壊する技術という考えは、あきれるほど現実離れしていると思うかもしれない。だがそれを荒唐無稽と片づけることはできない。小さな集団の手に大量破壊能力を握らせるような玉を壺から取り出せば、文明は危機にさらされるとボストロムは警告する。たとえて言うなら、「イスラム過激派が核兵器を手に入れる」ような状況だ。

 この可能性が現実になるには、たった2つの条件が満たされるだけでいい。

 1つは大量破壊を望む集団がいること。もう1つは、大量破壊能力を大衆に与えるような技術があることだ。1つ目の条件がすでに満たされていることに、誰も異論はないだろう。現に多くのテロ集団や学校銃撃犯、大量殺人犯がいるのが、何よりの証拠だ。 2つ目の条件、大量破壊能力を大衆に与えるような技術について、ボストロムはこう問いかける。もし核兵器が、国家レベルの高度な技術や資源なしでもつくれていたなら、歴史はどうなっていただろう? 「ただ2枚のガラス板で挟んだ金属に電流を通すような、ごく簡単な方法で、原子の力を解き放つことができていたとしたら?」ホームセンターで買える材料で核爆弾を製造できるなら、破滅的な結果になることは目に見えている。膨大な資金や専門知識、資源がなければ核兵器を製造できないことは、人間にとって最大の僥倖なのではないだろうか?

 今の世界情勢を見てみるとどの国も軍備増強に走っている。それに関する技術開発も進んでいる。一度使えば何千人が死ぬ兵器もある。「人類は石器時代から殺し合いを続けてきた」 人には暴力を行う遺伝子があるかもしれない。家族や親せきに向かう暴力は前近代では当たり前にあり、それを宗教や教育によって修正してきた。近代では国同士が戦争という殺し合いをするようになったが、その殺人数は科学技術の進歩によって飛躍的に増大した。核を開発したアインシュタインやオッペンハイマーは核が実際使用されたとき後悔をしたそうだが時すでに遅しだ。核を使用するかしないかは政治家が決める。過去、現在の政治家を見ても理性的な人がいるとは思えない。それは権力と暴力とは同じことだからではないだろうか? 権力が暴力という手段を使って統治を実行する「誘惑」に抗することは困難である。 その権力に反するものはまた暴力に訴える。そして両者は強大な暴力を開発す続けることが権力を守る唯一の方向だと思っている。

 技術者は軍事兵器に手を染めてはいけない。これは全世界の研究者、技術者が倫理観をもって仕事をするということだ。技術は社会をよくするためにある。反社会的な技術テーマは行うべきでないのはもちろん、軍事に転用できるものの開発を行ってはいけない。技術者こそ哲学が必要なのだ。

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう