義理の兄(70歳)の急性白血病が分かったのは8月。余命一か月といわれ入院して抗がん剤治療を受けることに。白血病に抗がん剤は非常に有効である。しかし強烈な副作用が出るらしい。入院して一か月後、第一クールが終わって90%のガンは縮小し退院した。普通ならば抗がん剤治療を続ければ完治する可能性が高い。でも彼はそれ以上の抗がん剤治療を拒否した。きっと抗がん剤の副作用がすごかったのだろう。
日本の医療は患者のことを第一に考えていないという意見がある。医者は簡単に抗がん剤を患者に使うが、自分には使わないと聞いたことがある。医者はがんを治すことばかりに集中し患者の苦しみを顧みない。この副作用は相当苦しいらしい。70年生きてきてこれ以上生きることと苦しみとを天秤にかけて治療を拒んだのかもしれない。今の時代、長く生きるのも苦しみなのかもしれない。
私が骨盤内の腫瘍の精密検査で大学病院のがんセンターに行った時も退職したような人たちが精密検査で訪れていた。私は一人で行ったのだが、ほとんどは夫婦で来ていた。夫婦にとっても重大なことなのだろう。私は良性ということで事なきを得たが、二人に一人ががんになる時代、夫婦にとっても大きな問題なのだ。
義理の姉夫婦は告知されたとき相当ショックだったようだ。それ以来ずいぶん落ち込んでいたらしい。私の妻もかなり悩んでいるのを見てずいぶん密なものだと感じた。そういえば若いころから「情がない」といわれていた。これは育ちの違いというものではなく人生観の違いによるものだ。私は人生の選択は単純に考えて自分でしてきた。義理の姉夫婦は長らく犬を飼っていて死んだとき、もう犬は飼わないといった。私にはそれが理解できなかった。犬が好きならまた飼えばいい。人も動物もいつか死ぬ。それは変えられない運命だ。それを若い時から受け入れて生きないといけない。
さて昨今のコロナの影響で会うこともかなわず義理の兄は昨日亡くなったのだが、私が白血病ならばキムリアという薬を使う。最新治療薬だが3300万円と高い。保険適用なので5万円くらいで済むのだが、いったん窓口で1000万円くらいを支払う必要がある。この薬は副作用が少ない。なぜ医者は提案しないのだろうか?副作用に苦しむ患者を救うのも医者の役目である。
しかしながら最後の判断は自分ですればいい。それを尊重しよう。生まれてくるのは選べないが、死は選ぶことができる。70歳が短いか長いかは時間ではなくやったことの数で決まる。私はまだまだやることがある。健康でいなければと思う、そして病気になったらしっかり治療しようと考えている。