未知のウィルス

4〜5分

 異常なほどのオミクロン株に対する警戒は人の未知なるものに対する恐怖からきている。この世界に生まれてきたものすべてが恐怖を持つようにできている。それは恐怖を持つことによって生きたいという欲求を持つからだ。この恐怖は「肉体的恐怖」「精神的恐怖」「知的恐怖」に分類される。今回は「知的恐怖」である。例えば死に対する恐怖は死がどんなものかわからないから起きる。オミクロン株も同じことだ。この「知らない事への恐怖」は、民族主義をうみ、民族差別を引き起こす。自分たちとは違う、自分たちの知らない事を行っている。と言う恐怖から、虐殺を引き起こす。オミクロン株により入国禁止などの措置も同じことだ。

 恐怖から逃れるには脳の中からそれに関する記憶を消し去ることと、狂気になることだ。人の脳は都合の悪いことを消し去るという防御機能が備わっているという。でも我々はそのことを考えないことで恐怖を忘れることができる。狂気は脳がとりうる最後の手段だ。これは精神病のことを言っているのではなく、認識を放棄することである。と言ってもそれは狂気の種類だけ存在し、例えば、今ここで、こんな恐怖にさらされているのは自分じゃない。と別人格に全てを押しつけると多重人格で、自分自身ではなく、自分を取り巻く世界の方を変えてしまうと、分裂症だ。外界からの接触を拒絶し、自分の殻に閉じこもると緊張症や痴呆症となる。

 いずれにしても異常なことだ。外界からの恐怖をもとから取り除くのがいいのだが、基本的にはこの世界に生まれたことが恐怖を感じるきっかけだ。それに対応するためにはこの世界に生きるということがどういう意味なのかを知る必要がある。でも自分がそんなことを考えられるわけもなく、昔の哲学者の本を読むのであるが、快楽主義をとなえたエピクロスはこういっている。「私達が苦痛から解放される方法は、「欲しがらないこと」だ。実社会では、欲しくても得ることが出来ないことがたくさんあり、それが苦痛の根源である」 奥が深い言葉だ。

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう