義理の兄は抗がん剤での治療で、いったん家に帰れるとのこと。病院との長い付き合いになるのだろうか。義理の姉はすごく不安がっていたが、人はいつか死ぬと思っていても不安は消えないようだ。死んだときのために年金や家などを財産を調べたらしいのだが、それでまた不安が増したようだ。
日本人は不安が大きい。不安は生存のための手段である。危機感と呼んでもいい。日本は昔から天災などが多く、日本人はそういう不安を持ち続けているのだろう。自己肯定のためのセロトニンも欧米人と比べて少ない。
人は大人になると職業に就く。その職業には三種類あるという。①クリエーター②スペシャリスト③バックオフィスだ。クリエーターは創造的な仕事をする人で、すぐに思い浮かぶのは作家やマンガ家、俳優やミュージシャンなどの芸術家だろうが、プロのスポーツ選手やベンチャー起業家も含まれる。スペシャリストは何らかの「スペシャル(専門)」を持っており、バックオフィスは「事務系」の仕事だ。バックオフィスは会社員などの組織に属している人のことだ。世界に比べると日本はバックオフィスの人が異常に多い。組織に属することで不安を取り除いていたのだろう。しかし、グローバルはそうではない。誰もがスペシャリストになろうと努力しているのだ。
話を戻そう。義理の兄と姉はずっと会社に勤め退職した後は家にいて年金で暮らしている。何不自由ない生活が送れると思っていたと思う。数年前に老後を送るには2000万円必要との記事が出て話題になった。もう年金で十分な余生を送れるのは80歳以上だけだ。なぜ日本人はそのことにもっと前から気づかなかったのだろうか? 政府はそのことを隠してきたわけではない。不安がそういう悪いことを聞きたく無くさせてきたからだ。私はすでに50歳を過ぎて、年金を払うより貯金することを選んだ。破綻している年金に頼っていてはだめだと思ったからだ。そして私はスペシャリストとして独立し、組織から離れた。もちろん私にも不安があった。しかし、その不安をばねにすることにより頑張ることができた。
実は不安は何か挑戦するときの保険のようなものだ。そして挑戦は独立した自分を作る手段だ。国に属せず、組織に属せず、生きていけるならそれは人生の最終目標でもある。日本はそういうことがやっとわかるようになってきたかもしれない。