昨晩、二台の携帯が警報を出した。でもその時は揺れなどなかった。数秒して揺れ始めたが、ここはそれほど強くなかった。地震は久ぶりである。テレビをつけたら千葉で地震があったとのこと。川口が震度5強で熊谷が4、本庄は3。ここは中間か。ここには深谷断層帯が走っている。M8の地震が起きる間隔は1から2.5万年であり、前回が6000年前といわれているので起きる確率は低い。断層は深谷駅の南にあり、私の家は大丈夫だと思われている。
この地震で交通網は今日も混乱している。多くの人が駅の周りに長い列を作っている。今日は金曜日である。休んだらいいのにと思う。会社のほうから今日は休みと伝えればいいのに。それほど会社や学校に行くのが大切なのであろうか?
人生100年がこのブログのテーマである。地震とは関係ないが、地震を機会に考えてみたい。今までは、教育期間、就業期間、引退後の期間と人生を3つの期間に分けてきた。教育期間は約20-25年、就業期間は40年、引退後は10ー20年。しかし、100歳時代は違う。一生涯勉強、健康なうちは働くということが求められる。それは一生涯に渡り何かを作り出すということが重要であり、そのためには常に勉強することが必要だ。そしてそのためには健康であることも必要だ。一生涯同じスキルで通用することはなくなり、常に変わることが求められる。
私の持論だが、仕事は3年区切り、その期間でできるようにする。成功したら少し休む。そして次のことをする。3年は短いと思う人もいるだろうが、1000日以上あるからできないことはない。それを人生で何度も繰り返す。深い専門性だけでなく広い知識も同時に身に着けることができる。資本主義社会は、特に大量生産時代は組織と呼ばれる有形のルールが敷かれた異常な世界に拘束されることが求められる。特に問題なのが「評価」という罰則規定だ。この完全な村社会は人の成長を阻害する。会社を定年で退職した人はすでに刑務所から出所した人のように、なにもやる気をなくしてしまう。
もう人生は死ぬまでずっと同じことをやっていく時代である。生まれてから死ぬまで勉強し続け、働き続け、遊び続けるのだ。そのためには自分の評価など気にせず、自分の世界を作り上げるのだ。人生100年なんてここ数年で言われてきたので手本など存在しないと思った方がいい。今まで変人といわれるような人が主流となる時代が来ているのかもしれない。