青柳卓雄

3〜4分

 散歩の途中でコンビニによって週刊誌を買った。近頃の週刊誌は薬の飲み合わせとか、年金のこととかとにかく老人向けの記事が多くなった。考えれば、老人しか週刊誌なるものを買わなくなったからだろう。

 今週の週刊現代にはパルスオキシメーターの開発者である青柳卓雄氏の記事があった。同じ技術者として目に留まった。彼は島津製作所に入り、その後日本光電子工業に転職する。その開発部で血液中の酸素飽和度を測定する原理を発見した。1974年試作品が完成する。しかし社内では不評で開発中止を言い渡される。1977年にコニカミノルタがパルスオキシメーターの商品化に成功するが、青柳氏は「この原理が優れているということを示したものでうれしく思った」といったという。それからはパルスオキシメーターは他のメーカーの参入もあって、普及していく。青柳氏は定年まで研究生活を送ったが、定年後にアメリカの会社から引き抜きがあったが行かず、去年亡くなった。

 開発においては、一番最初に原理を考えた者が一番であり、商品化した者が二番だ。しかし、会社にとっては原理を考えた者など関係はない。商品化して売ったものが出世する。そこに研究者と企業人との大きな溝がある。この溝は埋まることがない。本庶氏と小野薬品との訴訟も同じ構図だ。しかし海外は違う、m-RNAワクチンだってカタリン・カリコ博士は非常に評価が高いが、原理を考えたのはフランス人の生物学者ジャック・モノーとフランソワ・ジャコブで、この2人は1965年にノーベル生理学医学賞を受賞している。正当に評価されているのだ。だから独創的な研究者はアメリカに行く。これではいけないと思うのだがどうなのだろう。

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