ここ数日暑い日が続いたが、空の雲は秋の様。今日は私の誕生日で満66歳になった。昭和30年は終戦から10年、朝鮮戦争から5年。日本が復興を遂げた時代でもある。昭和39年のオリンピック開催、その後の大阪万博と日本の高度成長が続いた。学生運動などもあった。昭和30年の時の平均寿命は63.6歳。その頃は66歳などおじいちゃんだ。55歳で定年を迎え10年程度の余命を過ごしていた。
ここ2年、コロナ禍で小休止が続いている。のんびり過ごすのも良いが時間の過ぎるのが早い。まだまだやることがある、急ぐことはないと自分に言い聞かせる。死ぬまでやり遂げればいい。まだ66歳、あと30年でやり遂げればいい、私がやっていることはだれもやっていないから焦ることはない。
朝日新聞の「天声人語」を執筆していた深代惇郎の言葉、「「悟り」は老人のものであり「放浪」は青年のものだ」という言葉は何かを考えさせられる。私の若い時は常に何かを求めて彷徨っていた。定住することを嫌い、新しい何かを求めていた。人生とは何かを求める旅である。社会に迎合せず独りで歩こう。でも私の旅は続いている。まだまだ「悟り」は見つかっていない。死ぬまで見つからないかもしれないが、死ぬときにこれが「悟り」かと思えるのかもしれない。その日までゆっくりでもいいから歩こう。