オリンピックである

3〜4分

 オリンピックの開会式が昨晩行われた。その会場にそばではオリンピック反対のデモがあったという。今更何を言っているのだろうか?

 オリンピックを反対する理由は感染拡大ということだが、オリンピックに関係なく観戦は急拡大している。逆にオリンピックをテレビで見るため家にいるとすれば感染抑制にもなる。密集したデモのほうが感染拡大につながっていくのではないか。

 別な人は国民の税金をオリンピックに使うのはだめだという。それならほかに使えということだろう。しかし、そういうことは選挙でするしかない。税金の使い道は国民にはどうにもできない。ただ単に日ごろの不満を発散しているにすぎない。

 発言の自由は尊重するにしても、日本は足を引っ張る人が多い。そういうネガティブな発想があるのではないか。オリンピックはアスリートにとって最高の舞台である。だれだって自分の能力を認めてくれる舞台を求めている。周りの人はそういう舞台を支援するべきだ。

 企業においても優秀な人は、今の舞台が自分に有益なのかを常に悩んでいる。そういう人たちが自由に決断できる環境は、今の日本には少ない。失敗してもよいからまずやってみる、そういう日本であるべきだ。政府はいくらお金がかかってもいいから日本をそういうように変えていくことが重要だ。

 我々は常に向上心を持って生きなくてはならない。それは老いても同じだ。いつまでも前を見つめて生きていけるような人が多くなれば日本も明るくなる。

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