経済産業省の資料によると、「25歳以上の大学型高等教育機関の入学率」(学び直し)は、OECDの平均は18.1%だが、日本はわずか1.9%。人材育成投資(OJT以外)がGDPに占める割合でみても、アメリカは1.41%なのに対して、日本は0.23%しかない。そもそも、自主的に学ぶことが少なかったうえに、コロナが追い打ちをかけたのが現状だ。
個人が生産性を上げるためには、スキルアップや自ら学ぶことが重要になるが、現実は厳しい。企業における人材投資は、費用としてみなされ、コストカットの対象になることも少なくない。コロナ禍で経済が停滞する状況では、企業による積極な人材への投資に期待できるのは、一部の大企業を除いて難しいだろう。
受験競争の元凶は、受験勉強が終わったら目的を達成したかのように勉強しなくなることだ。それと同じく、大企業に入ればその中で安住する人が多い。日本人は小さな目標で満足する民族のようだ。国を繁栄させるには日本人のレベルアップが必要なのだが、1960年代からの日本は平均値を伸ばすことに注力してきた。それは欧米諸国からの技術導入に大いに役立った。しかし、今はそれが通用しなくなった。誰もが秀でたトップの出現に期待している。しかしこれでいいのだろうか?
今の企業が使用している技術では、将来食べていけなくなる。誰もがそう言い独創技術の重要性を説くが、救世主を待っているような態度では滅びるのを待つだけだ。ではどのようにすべきだろうか? その解は見つからない。
誰もがわかっている、どうやればいいのかもわかっている。しかしできないのだ。文部科学省はきれいな文章を並べ立て指針を公表している。誰もが「もっとも」というだろう。でもこの国を根本から変えるには戦争でも起きない限りできないだろう。
私は孫に期待している。一生勉強し、向上心を持てるような子供を育てる必要がある。それには自分が率先してそういうことをしていないといけない。常に人のやっていないことに挑戦する態度を子供たちに見せていくことが一番だ。今のアメリカの成功者が移民だったことを考えれば早い内から世界を知ることも必要だ。そうやって政府などに過度な期待をせず、親がすべきことに気づいて行動すべきであると考えるのだが。