日本にきて二週間になる。あっという間であった。まあ家で二週間など老人にとって一瞬だ。最近、思うことはアメリカ対中国の対立に関してだ。その中でたびたび中国民主主義という言葉が出る。
「習近平主席をはじめ、中国の指導者はしばしば「人民」という言葉を使う。その一方、われわれになじみのある「国民」という言葉はほとんど使わない。 問題は人民という言葉の意味だ。中国憲法では第1条で、「中華人民共和国は、労働者階級が指導し、労働者、農民の同盟を基礎とする人民民主主義独裁の社会主義国である」と規定し、さらに第2条で「あらゆる権力は人民に属する」「人民が国家権力を行使する機関は、全国人民代表大会および地方各クラス人民代表大会である」などと定められている。先進民主主義国で当たり前のように言われる国民主権という言葉はなく、中国は人民主権の国なのである。では、国民と人民は同じなのか。
周恩来首相はよりクリアに定義している。「人民と国民には区別がある。人民は労働者階級、農民階級、反動階級から目覚めた一部の愛国民主分子である」としている。そして、人民に含まれない人たちについては「中国の一国民ではあるので当面、彼らには人民の権利を享受させないが、国民の義務は遵守させなければならない」と説明している。つまり、国民と人民は異なるものであり、国籍を持つ国民全員が人民であるというわけではない。人民は中国共産党の掲げる思想や政策を支持する国民の一部の人たちであり、それを支持しないで批判や反対する国民は人民ではないのである。そればかりか人民に属さない国民は、人民の敵であり、人民が持つ権利は行使できないが、法律を守るなどの義務を負うというのだ」
中国には中国の民主主義があるというわけである。まあこういうことを民主主義とはいわないとおもうが、どうなのだろう。ただ中国には中国の歴史がある。国民が敵に分かれて殺し合いをした文化大革命などの轍を踏まないためにも、思想を統一する必要があるのだろう。私としては、政治、思想と経済を分けてやってほしいと思うことだ。今はみんな一緒に議論しているので、話がややこしくなっている。ここ数年は対立が激しくなるだろう。日本は両方に挟まれてつらい立場だ。こういうときはなあなあでやったほうがよさそうだが。