低アルカリ石英ルツボの話

7〜10分

 昨日、特許のことを書いて昔のことを思い出した。私が東芝セラミックスに入社して3年くらいたった時、石英二課では金門製作所が酸水素溶融の長時間溶融で低アルカリの石英インゴットを作って市場に出したことがショックだったらしく、その対抗製品を出す必要に迫られていた。技術部の上島という人がアメリカの文献で石英ガラスの電気分解法による低アルカリ化を探し出していた。その方法を使って金門に対抗したのだが、インゴットは縦に長く、電気分解は高電圧・高温で長時間を必要とした。

 その頃私は石英一課で石英ルツボを担当していたが、ある時図書室で東芝レビューの記事を見た。それはシリコン単結晶のOSFがアルカリ金属由来のものだということだった。では単純に石英ルツボを電気分解して低アルカリにしたらOSFは解決するだろうと考えた。早速、技術部の矢口さんと上島さんに言って一緒に実験をやることにした。電源は技術管理課に依頼して2.5kV の直流電源を作ってもらった。手作りで製作費は5万円だった。電気炉は石英二課の電解炉を使った。外側に黒鉛型、石英ガラス粉を詰め、電気分解する石英ルツボを設置し、内側にSiCの粉を入れて1250度で電気分解した。電圧を加えると電流が流れ、徐々に電流が下がっていく。アルカリが移動していくことを示していた。電気分解はわずか30分で終了。夜に始めた試験は午前0時ころ終わり、翌日の朝、取り出してみたのだが、石英ルツボの内面にSiCの粒子が食い込んでいた。高電圧放電が起き、高温になったためだった。二度目のテストはSiC粉を高純度C粉に変えて成功したのだが、大学の先輩の炭素課長だった山崎さんに高純度の粉をもらってきて使ったのだが、当時の東芝セラミックスには何でもあって使うことができた。

 低アルカリ石英ルツボはできたのだが、一向に売れる気配どころかサンプルさえ要求されることはなかった。現場に試験用の設備を自分で作り、細々と試験を繰り返していた。製品名はT-230Uと名付けた。ウルトラである。営業と製造の会議の時に、営業の次長だった岸さんに「値段が20%も高い低アルカリなんて売れるわけない」とはっきり言われた。それでも自分でサンプルを作り、顧客にサンプルを細々と出していたが、芳しい結果は得られなかった。それでもワッカーがこのT-230Uを分析してびっくりしたことがあった。ワッカーはCuに注目していて、電気分解法はLiとCuが一番早く抜けるからだ。しかし、それも音沙汰はなくなった。

 ある時、課内の品質管理を担当していた人が、アルカリの高い原料を石英ルツボに使ったことがあり、それは問題だと言っていたのだが、これしか原料がないということで使ったことがあった。当然、大口顧客だったコマツ電子で失透の大クレームが起きた。大ごとになり小国製造所の食堂で50人くらいの大会議となった。補償問題になったのだ。そこで誰かが苦し紛れに「ここには低アルカリルツボがある」と言った。私はこの会議で商品の説明をした。ウェハーのOSFを改善できることを言ったとたんコマツ電子は驚き、クレーム会議は新商品説明会になった。

 私はコマツ電子のサンプルを出し、コマツ電子は無OSFのウェハーを作った。コマツ電子は世界第二位のシリコンインゴットメーカーとなった。ルツボは増産に次ぐ増産になった。あっという間に年間二十億円の売り上げとなった。この売り上げは二十年間続いた。利益率は20%であった。

 私の作った製品のほとんどはニーズがあって作ったものではない。だから認められるまで時間がかかる。しかし研究開発とは本来そういうものだ。道なき道を歩いていき、きっとそれは傍流なのだが、それに耐えられる精神力がなければいけない。人の評価など気にせず、自分の考えをすぐ実行に移す図太さ。そして何をやっても許される風土が必要だ。今の日本にそれがあるか考えてみた方がいい。

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