技術者として

3〜4分

 大学生時代に私に影響を与えた本として、バートランド・ラッセルの「懐疑論」がある。懐疑主義とは、基本的 原理 ・ 認識 に対して、その普遍妥当性、客観性ないし蓋然性を吟味し、 根拠 のないあらゆる ドクサ (独断)を排除しようとする 主義 である。しかし彼の説く「懐疑論」は少々異なる。

 全てを疑って考えるという「懐疑主義」、バートランド・ラッセルはそこまで厳格ではない。この世界は常に「流動的」であり、固定的先入観念に囚われてはいけないということである。技術者は真実を求めるものだ。

 「真実」を追求すれば、自分の中にこもらなければならない。必然孤独になる。いろんな人と話しても参考になることはない。時々、鬱になる。どうしようもない「虚無感」。こんな時に、ある人の言葉が私の生き方にヒントを与えた。その人は私にこう言った。「人生はケセラセラだ」英語ではWhatever will bewill beである。人生はなるようにしかならないこともある。少し肩の力を抜くことも必要だ。この世界にとって自分はちっぽけな存在で、大きな力にあがらえない。その中でバランスを取ることも必要だ。

 誰もやったことのない研究をやって、うまくいかなくて疲れることもある。自分を追い込んだ時に、「ケセラセラ」と言う。これが持続可能な成功をもたらす。人生は「三歩進んで二歩下がる」「二歩進んで一回休み」、そんなものだ。

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