日本の今日は成人の日である。今年の成人式は取りやめになるところが多いのだろう。成人式の出席者は20歳ということだが、民法の改正によって成人は18歳になったようだが。やはり20歳より18歳の方が良いように思う。ある人は就職し、ある人は大学に行く。精神的にも大きな変化のある歳だからだ。
私は大学に入った直後は、精神的に不安定だった。入学して一か月、あまり学校に行かなかった。帯状疱疹になったのもこの時だ。誰もが経験することかもしれないこの期間、本ばかり読んでいた。やっと学校に行く気になったのが5月半ばだった。そこからは普通に学校に行った。その頃の私はいけ好かない若者だったかもしれない。勉強はあまりしなかったが、テストの成績は良かった。期末試験があると、開始から10分くらいで教室から出た。大学の試験は簡単だった。その分ずっと本を読んでいた。この時に出会った本が私の哲学になった。特にヘッセは全部読んだ。ヘッセは子供のころ精神病院に送られ、自殺未遂までしている。そんな人生でたどり着いたのが彼の詩や小説だ。社会への不条理を彼の独特の視点から書いている。その中でも「クヌルプ」は私の人生に大きな影響を与えた。
「ぼくはもう人間のことばを信用したり、ことばで束縛されたりしなくなった。もう二度としなくなった。自分にふさわしい生活を送った。自由と美しさに事欠くことはなかったが、始終ひとりぼっちだった」
そんなクヌルプだったが、最後に死ぬ間際に神に問う。
「ふたりは、神さまとクヌルプは、互いに話しあった。彼の生涯の無意味だったことについて。また、どうしたら彼の生涯が作り変えられ得ただろうか、ということについて。なぜあれやこれやがああなるよりほかなく、なぜ別なようにならなかったかということについて」
神は答えた。
「わたしが必要としたのは、あるがままのおまえにほかならないのだ。わたしの名においておまえはさすらった。そして定住している人々のもとに、少しばかり自由へのせつないあこがれを繰り返し持ちこまねばならなかった。わたしの名においておまえは愚かなまねをし、ひとに笑われた。だが、わたし自身がおまえの中で笑われ、愛されたのだ。おまえはほんとにわたしの子ども、わたしの兄弟、わたしの一片なのだ。わたしがおまえといっしょに体験しなかったようなものは何ひとつ、おまえは味わいもしなければ、苦しみもしなかったのだ」
この社会はルールばかりである。変人にとっては生きづらい世界だ。人はこの世に生まれて「何かをしなければならないという植え付けられた脅迫概念」に憑りつかれている。もっと自分らしく生きていい。しかし、それは孤独である。ヘッセの崇高な文脈は全ての悩みを解決する力を持っている。それは彼の実際の人生を表現したからに他ならない。