マニュアル人間

4〜6分

 日本が世界から立ち遅れていると思っているのは私だけだろうか?アマゾンやアリババと楽天を比較してもその差は歴然だ。ボーイングと三菱重工業、ファイザーと武田薬品、言い出せば切りがない。最近、国会で学術会議の任命をめぐって議論されているが、任命しなかったことが非難される必要があるのだろうか?総理を問い詰めている野党の女性議員は無駄遣いをしていた学術会議をそのままにしていた。そっちの方が問題だ。基本的に学術会議は社会党や共産党、公明党などの工作によって左寄りの学者によって占められていた。

 さて、本題に入ろう。このような日本にしたのは誰だろう。それは教員だ。小学校、中学校、高校と都合のいい生徒を作ってきたからだ。都合のいい生徒とは言うことを聞く、成績優秀な生徒だ。こういう人が社会に出ても通用しない。学校と社会とは全く別物だからだ。大体、小中高で長時間勉強すれば、テストでいい点を取れるのは当たり前だ。ほとんどが暗記で十分だからだ。こういう人は社会に出ると、マニュアル、マニュアルと言い始める。マニュアルがないと仕事ができないからだ。

 しかし、今の時代は違う。誰もやらないことをやり遂げたものの勝ちだ。私は大学院を卒業するときに、専門であった薬学の会社に就職しようと思ったことがあった。しかし、私は日本の医薬品メーカーが「化学反応においてやり残したことはなく、過去の反応を応用するだけ」に気づいた。ここで競争しても意味はないと思った。海外のメーカーは基礎研究に力を入れており、日本は太刀打ちできなくなると思ったのである。

 偶然私は石英ガラスに出会った。この石英ガラスはすでに1950年時代に研究が盛んであって、その当時では、あまり研究がされていなかった。こういう非常にニッチなところで、誰も考えないような開発をやっていた。こういう分野においては学校で習ったことより、自分から知識を求めていくことが重要だ。誰も教えてくれないから自分で考えなければならない。道しるべのない荒野を一人で歩くという行為こそが研究者の本懐だ。

 だから私は学校の重要性を感じない。学校に行くより、町の発明家の弟子になった方がいい。人の言うことに耳を貸さず、自分の信じる道を歩いてほしい。

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