自由とは何か?

3〜4分

 奴隷制があった時、やさしい君主が奴隷を自由にした時、奴隷に「なんてことをするのだ」と言われた話。現代に当てはめてみても同じことのよう。

 サラリーマンは好んで会社に入社し、お金と引き換えに会社で夜遅くまで働き、上司やお客さんと夜遅くまでお酒の付き合いをしていました。会社の業績が悪くなり、リストラされた時、自由になったと喜ぶ人はいない。またその生活に戻ろうと就職活動をする。キリスト教においては働くことは神からの罰である。楽園にいれば働く必要はないが、楽園を追放された我々の祖先は罰として働かなければならない。現代社会においては富は蓄積により作られるため、長時間働くことは一つの富を作る手段である。古代より、奴隷という言葉と自由という言葉が生まれたが、いわゆるこの社会は奴隷のような社会で、天国が唯一自由な世界なのだ。

 したがって、この世にいる限りは本当の自由などないのである、自由と思っている人は偽りの自由を真の自由と思っているだけなのだ。例えば、会社に束縛されないのを自由と思っている人がいるが、それは真の自由とは言えない。例えばすべての束縛から逃れて山の奥の洞穴に住んだとする。おそらく現代人は耐えがたい孤独感に襲われる。そして洞穴から出て元の住処に戻る。人は何かに依存して幸福感を持つものだ。

 この世には自由などないといったが、唯一あるとすれば悟りを得た人だろう。「無」こそが自由であり、幸福なのだ。富も友も肉体も捨てて宇宙と一体となった時、そこに自由が存在する。だがそんな人は皆無に等しい。ならば死ぬまで割り切って生きるしかない。自分の考えたように生きた方がいい。

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