コロナ後

3〜4分

 8月3日月曜日、今日もまた東京に通う人たちがいる。きっと自分はコロナにかからないと思っているのだ。ウィルスは油断やスキを突いてくる。製造に携わる人を除いて、自宅で仕事をするシステムを推奨してだいぶたつが、実際のところ何も変わらなかった。レールの上を歩いてきた人にとって、レールがない社会など考えられないのだ。

 とはいえ死亡率が極端に低い日本にあっては、政府は静観を決め込んでいる。いくら死亡率が低くても、大丈夫ですよとは言えない立場にあるからだろう。ロシアが10月からワクチン接種を始めるとのニュースが入ってきた。しかし、日本はロシア製や中国製を使用しないだろう。日本製も許可しない。唯一使用するのはアメリカ製やヨーロッパ製だ。ここに日本の本心が見え隠れする。やっぱりレールはレールなのだ。

 レールのないところを走るのは自分のアイデンティティを否定することなのかもしれない。しかしそこに日本の将来を不安視する人もいるのではないだろうか?多様な考えの人がいて、進歩するのではないだろうか?コロナは基本的な生き方をも考えさせてくれる機会である。

 バブル崩壊はリストラを生み、人の考え方も変わったように思えたが、そうではなかった。また元の生活に戻ったように思う。今回も大きく変わることはないのかもしれない。多くの生物が絶滅してきたように、変われないから絶滅した。人もまた変われないのかもしれない。

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