連帯保証人の相続

6〜9分

小林勇吉(享年77・仮名、以下同)が亡くなったのは、東京に初雪が降った2017年12月の終わりのこと。心疾患であっという間の他界でした。

 小さな金型工場を営み、職人仲間からも慕われていた勇吉の通夜には仲間をはじめ取引先や銀行などから、多くの弔問客がやってきて、その突然の死を悼みました。

 高度成長期には金型の仕事も多く、たくさんの職人が働いていましたが、バブル崩壊後、経済が低迷するに伴って金型業界も不況の波に押されて行きました。さらに家電メーカーなどの下請けに組み込まれたことで納入価格を叩かれ、倒産するところも増えました。

 そんななかで、勇吉は仲間と助け合いながら一緒に頑張ってきました。ただ、「子どもたちには、この仕事は継がせたくない」が口癖でした。なぜなら、苦労が多い割には儲からないということを実感していたからです。

 勇吉には、3人の息子がいます。無理をしてまで3人の息子たちを大学に行かせたのは、社会に出てそれぞれの道を歩んで行ってほしいと思ったからです。

けれど、勇吉が亡くなって3カ月ほど過ぎたある日、この気持ちに水を差すような事件が降って湧いたように起こったのです。

 ある日、勇吉の長男の哲夫(48歳)宛に、○○銀行から内容証明付きの郵便物が届きました。開封してみると、そこには、勇吉が8000万円の連帯保証人であるので、それを遺族で支払って欲しいと書かれていました。

 それは、窮地に追い込まれていた知人の工場を立て直すために、頼まれた勇吉が行った連帯保証でした。

 ところが、その工場がピンチを脱しきれずに倒産。勇吉が負った8000万円の連帯保証だけが残りました。

 故人の債務は遺族にマイナスの資産として引き継がれます。ですから、銀行からの通知は、これを払って欲しいという内容だったのです。

母親は早くに亡くなっていたので、勇吉の遺産を相続したのは3人の息子です。相続財産は自宅兼工場の100坪ほどの土地建物で、立地があまり良くないため、売却しても7000万円くらいだと不動産業者には言われていました。

 8000万円の連帯保証に対して、7000万円の財産しかなければ、相続した財産をすべて返済にあてても1000万円足りません。

 そこで兄弟は相談して「マイナスになるくらいなら、相続放棄をしよう」ということになりました。

ところが、兄弟は知らなかったのですが、相続放棄は相続を知ってから3カ月以内に行わなくてはなりません。もし、放棄しないまま相続し、債務を返済しないと年5~14・6%という馬鹿高い延滞料がかかり、金額がゆきだるま式に増えていくのです。

ということで銀行に駄まされたということになったわけです。この連帯保証人というルールをなくすことが私は必要だと思います。私は自分の家族でも、親戚でも連帯保証人にはなりません。私は借金もしません。借金を平気でする人がいますが、そういう人は信用できませんね。

また相続税というのも問題があります。どうなんでしょうか?まだ元気なうちに子供たちに分け与えていくのがいいのでしょうが、将来への不安が日本では強いのが問題です。その不安が貯金という形になる。年金で十分暮らせるなら貯金などいらない。それがいいと思いますね。そうすれば消費も上向くし、ボランティアで献金をすることもできる。そういうようになればいいのだが。

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