悲喜こもごも。
危機が起こるとその人の本性がわかる。その行動パターンには日頃考えていることが現れる。マスクが足りなければマスクを買い占めて高く売る人が出る。金が全てと思っている人は安易に稼ごうとする。そんなことは人生においては意味がない。
今でも通勤列車で東京に行く人がいる。自分だけは大丈夫だと思っているのか、それとも出世したいのか。私は過信は嫌いだ。特に根拠のない過信など無意味だ。私は自分を守るのは正しい状況判断をして、決断をすることだ。サラリーマンは会社の奴隷だ。奴隷なのに会社は、生きがいという餌で動機付けされている。会社は社員の命さえ奪うことがある。まるで戦時中の特攻隊のようだ。私は「君子危うきに近寄らず」をモットーにしている。今回も感染する確率が低いと思った行動をしている。行動範囲は広く世界を対象にする。
私を「傍若無人」、「暴れん坊将軍」などという人がいる。しかし、私は非常に繊細なのだ。子供のころ、人と話すのが嫌だった。高校生になった時、これではだめだと思い、今のようなお面を手に入れた。一人になるとお面を取り、自分の世界に入る。そのギャップが嫌で酒を飲む。
人生にもすごい懐疑的だ。一般的な懐疑主義とは違うかもしれないが、私は人生でも傍流であろうとしてきた。主流に飲み込まれたくない。人生を斜に構えてみていたいと思う。客観的に見ることが本質を見るとこだ。そうやって新型コロナを見てみると、村を作ることの危険性が見えてくる。群れは強いがもろい。
オオカミは群れで生活していた。ある時は食物連鎖の頂点に君臨していた。それが絶滅したのは狂犬病というウィルスのせいだ。群れは強いがもろい。同じことがこの地球規模で起こるのだ。蒸れないことが生存に必要なことなのかもしれないと思ってみたりする。